『損のむこう側』
人は、損をしたと感じるとき、
胸のどこかがきゅっと縮む。
使ったお金。
戻らない時間。
報われなかった労働。
「なんのためだったのだろう」と、
思わず空を見上げてしまうこともある。
けれど、人生というものは不思議だ。
その“損”が、あとになって
思いがけない形で意味を持ち始める。
ことわざに
「禍福は糾える縄のごとし」
という言葉がある。
禍(わざわい)と福(しあわせ)は、
一本の縄のように、
より合いながら続いているという意味だ。
たとえば冬。
寒さはつらい。
冷たい風に肩をすくめ、
早く春が来ないかと願う。
けれどもし、
一年中が春のような暖かさだったら、
私たちは「春のありがたさ」を
きっと感じられないだろう。
寒い冬があるから、
桜のつぼみはふくらみ、
人は春を見つけて喜ぶ。
人生の損も、
どこかそれに似ている。
お金を失った経験は、
お金の価値を教えてくれる。
時間を無駄にした日々は、
「今」という一瞬の重みを教えてくれる。
報われなかった努力は、
人の苦労に気づける
やさしい目を育ててくれる。
つまり、
損はただの損ではなく、
人生の奥行きを深くする
静かな授業なのかもしれない。
冬がなければ春の喜びは浅い。
涙がなければ笑顔の輝きも薄い。
だから、
もし今日なにかを失ったとしても、
それは人生が
次の季節を準備している時間なのだろう。
損のむこう側には、
まだ名前のついていない
福が、そっと待っている。
作品名:『損のむこう側』 作家名:タカーシャン・ソレイユ



