あなたはもう部品です
昔の自動車は、壊れた部品を一つずつ修理していた。
ネジ一本、歯車一つ。
職人はその小さな異常を見つけ、直していった。
しかし現代の自動車は違う。
エンジンも、電子制御も、ブレーキも、
壊れればユニットごと交換される。
効率のためである。
原因を細かく追究するより、
まとまりごと入れ替えた方が早い。
これは合理的な進化だ。
だが、同じ思想が
いつの間にか人間社会にも入り込んでいる。
会社では人材は機能として配置される。
部署はユニット。
プロジェクトもユニット。
人間は、役割というパーツとして扱われる。
合わなければ外される。
足りなければ補充される。
壊れれば交換される。
そこでは
個人の歴史も、苦悩も、
人生の物語も関係ない。
必要なのは
機能として動くかどうかだけである。
そして気がつけば、
社会のあちこちで
同じ言葉が聞こえるようになった。
「代わりはいくらでもいる」
だが、本当にそうだろうか。
人間は本来、ユニットではない。
一人の人間の中には
矛盾があり、弱さがあり、
過去の記憶と未来の希望が絡み合っている。
それは機械のように
分解できるものではない。
人間は本来、
交換不可能な存在である。
にもかかわらず、
社会は効率のために
人間をユニットとして扱い始めた。
ここに、
現代の生きづらさの一つの原因がある。
人間はユニットではない。
それでも社会は、
人をユニットとして扱う。
この矛盾の中で、
私たちは今日も働き、
今日も生きているのである。
作品名:あなたはもう部品です 作家名:タカーシャン・ソレイユ



