人間は何を思い出しているのか
一 記憶する脳
脳は小さな器官だ。
両手にのるほどの重さしかない。
それなのに
人はそこに
人生すべてが
入っていると言う。
笑い声
別れの言葉
遠い日の匂い。
だが不思議だ。
人は多くを忘れる。
そして
ときどき突然思い出す。
脳は
保存庫なのだろうか。
それとも
必要な瞬間に
記憶を浮かび上がらせる
静かな門番
なのだろうか。
二 思い出す生命
初めて見る海なのに
どこか懐かしい。
初めて歩く森なのに
心が落ち着く。
生命は
一代限りの存在ではない。
長い時間をかけて
形を変えながら
海を泳ぎ
森を歩き
空を恐れてきた。
その無数の経験が
言葉にならないまま
体の奥に眠っている。
だから人は
ときどき
理由もなく
懐かしくなる。
それは
生命の記憶
なのかもしれない。
三 宇宙の記憶
夜空を見上げると
胸が静かに震える。
なぜだろう。
星はただ
遠くに光る
石のようなものなのに。
だが
人の体をつくる元素は
すべて
星の中で生まれた。
骨も
血も
脳も
遠い宇宙の
爆発の名残。
だから
私たちは
星を見るたびに
どこかで
帰る場所
を感じている。
四 既視感の正体
初めての景色。
なのに
心がつぶやく。
「ここを知っている」
それは
錯覚だろうか。
脳の
小さな誤作動だろうか。
それとも
時間の奥から
浮かび上がる
微かな記憶。
人生は
一本道ではない。
無数の経験が
重なり
似た光景
似た空気
似た感情が
心の奥を
そっと触れる。
その瞬間
人は
既視感
という扉を開く。
五 人間とは何を思い出す存在なのか
人は
未来を考える生き物だと言われる。
しかし
本当は
思い出しているのかもしれない。
生命が歩んできた道を。
宇宙が生んだ時間を。
脳は
ただの記憶装置ではない。
生命と宇宙をつなぐ
小さな窓。
その窓から
ときどき
遠い記憶が
光のように差し込む。
そして人は
ふと立ち止まり
こう感じる。
懐かしい、と。
その感覚こそが
人間という存在の
静かな証明
なのかもしれない。
作品名:人間は何を思い出しているのか 作家名:タカーシャン・ソレイユ



