世界のペコちゃん日本人
―ぺこぺこ国家ニッポン―
〈世界のペコちゃん日本人〉
世界を旅した人が、よく驚くことがある。
日本人は、
とにかく頭を下げる。
店に入ると
「いらっしゃいませ」
ぺこ。
レジで
「ありがとうございます」
ぺこ。
エレベーターでも
「どうぞ」
ぺこ。
会社ではさらにすごい。
上司に
ぺこ。
お客様に
ぺこぺこ。
電話でも
ぺこ。
相手は見えていないのに
ぺこ。
海外の人から見ると
少し不思議らしい。
「日本人はいつも謝っているのか?」
そう思う人もいるという。
しかし日本人は
謝っているわけではない。
これはたぶん
挨拶のようなものだ。
「こんにちは」の代わりに
ぺこ。
「ありがとう」の代わりに
ぺこ。
「よろしくお願いします」の代わりに
ぺこぺこ。
もし世界に
キャラクターがあるとしたら、
日本人はきっと
世界のペコちゃん
だろう。
怒っても
ぺこ。
お願いしても
ぺこ。
感謝しても
ぺこ。
ときどき
心の中では
「いや、それ違うでしょ」
と思いながらも
……ぺこ。
しかし考えてみると、
この文化は少し面白い。
世界には
胸を張る文化が多い。
ところが日本は
頭を下げる文化。
これは弱さなのか。
それとも優しさなのか。
たぶんその両方だろう。
争わないために
先に頭を下げる。
角を立てないために
先に頭を下げる。
だから日本の街では
今日もどこかで
世界のペコちゃんたちが
歩いている。
コンビニで。
会社で。
電車のホームで。
そしてきっと
スマホを見ながら
誰かが小さく言っている。
「ありがとうございます」
……ぺこ。
〈空気という上司〉
日本の会社には、上司がいる。
部長、課長、係長。
しかし実は、もう一人
とても偉い上司がいる。
名前は――
空気。
この上司、姿は見えない。
名刺もない。
肩書きもない。
だが、
誰よりも権力がある。
会議でも、すぐにわかる。
誰かが新しい意見を言う。
すると、部屋の中に
ふわっとした沈黙が流れる。
誰も反対はしていない。
しかし誰も賛成もしない。
その瞬間、
全員が同じことを考える。
「……これは空気的にどうだろう」
すると誰かが
ゆっくり口を開く。
「うーん、まあ……今回は……」
ぺこ。
意見は、静かに消えていく。
このとき実は、
部長は何も言っていない。
課長も何も言っていない。
だが、みんな頭を下げている。
空気に。
この上司のすごいところは、
いつも部屋の真ん中にいることだ。
誰も命令していないのに
全員が従う。
しかもこの上司、
怒鳴らない。
叱らない。
ただ、
なんとなく重くなる。
それだけで
人は動きを変える。
世界には
いろいろな上司がいる。
厳しい上司。
優しい上司。
理不尽な上司。
しかし日本には
もう一種類ある。
見えない上司。
そして日本人は、
今日もその上司に
ぺこぺこしている。
部長にも。
お客様にも。
そして――
空気にも。
もしかすると日本は、
民主主義でも
資本主義でもない。
本当の名前はきっと
空気主義国家。
そしてこの国で
一番偉い役職は、
社長でも総理でもなく
空気。
今日もどこかの会議室で、
その上司が静かに座っている。
そして人々は言う。
「まあ……空気的に……」
……ぺこ。
〈見えない王様〉
日本には王様がいる。
しかし、ほとんどの人は
その姿を見たことがない。
王冠もない。
城もない。
肖像画もない。
それでも、
みんな知っている。
この国には
とても偉い王様がいる。
名前は――
「みんな」
日本では、よくこう言う。
「みんなそうしてます」
「みんなやってます」
「みんなそう思ってます」
この言葉が出た瞬間、
議論はだいたい終わる。
なぜなら、
王様の命令だからだ。
不思議な王様である。
誰も会ったことがないのに、
誰も逆らわない。
誰が決めたのかも
わからないのに、
みんな従う。
会社でも、学校でも、社会でも。
「みんながそうだから」
ぺこ。
すると人は
少しずつ形を変える。
本当は違うと思っても、
少しだけ合わせる。
本当は言いたくても、
少しだけ黙る。
その「少し」が積み重なると、
いつのまにか
本当の自分が小さくなる。
しかし考えてみると
少しおかしな話だ。
王様は
どこにもいない。
なのに
誰もが頭を下げている。
ぺこぺこ国家ニッポン。
お客様に頭を下げ、
上司に頭を下げ、
空気に頭を下げ、
そして最後に
見えない王様に頭を下げる。
その王様の正体は、
たぶんこうだ。
誰か一人ではない。
みんなが
少しずつ作っている。
だからこの王様は、
とても強い。
しかし同時に
とても弱い。
なぜなら、
誰か一人が立ち上がれば
王様は消えてしまうからだ。
「みんながそうだから」
そう言われたとき、
もし誰かがこう言ったらどうだろう。
「私は、そう思いません」
その瞬間、
王様は少し小さくなる。
そして日本は、
ほんの少しだけ
ぺこぺこ国家を卒業する。
その日まで、
この国のどこかで
人々は今日も言っている。
「まあ……みんながそうだから」
……ぺこ。
作品名:世界のペコちゃん日本人 作家名:タカーシャン・ソレイユ



