小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
タカーシャン
タカーシャン
novelistID. 70952
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

転倒骨折という健康寿命

INDEX|1ページ/1ページ|

 
転倒骨折という健康寿命

人は、老いを「病気」だと誤解している。
だが本当に静かに忍び寄るのは、病ではなく――転倒だ。

ある日、ほんの少し足を滑らせる。
段差は数センチ。
床はいつもの廊下。
「まさか自分が」と思う瞬間もなく、身体は宙を舞う。

そして、骨が折れる。

たとえば大腿骨。
それは単なる骨折ではない。
歩く力の象徴が折れるということだ。

手術は成功する。
医学は進歩している。
だが問題はその後だ。

外に出なくなる。
人と会わなくなる。
足の筋肉がやせる。
心の筋肉もやせる。

「もう無理だ」
その一言が、健康寿命を静かに削っていく。

日本は長寿国だ。
しかし“長く生きる”ことと、
自由に生きることは同じではない。

平均寿命と健康寿命のあいだには、
見えない空白がある。
その空白に横たわるのが、
転倒骨折という現実だ。

転ぶのは体だけではない。
自信が転ぶ。
役割が転ぶ。
誇りが転ぶ。

だが私は思う。

転倒予防は「守り」ではない。
それは人生後半戦の攻めだ。

若者だけが鍛える時代は終わった。
七十でも、八十でも、
片足で立てる人は美しい。
歩く背中は誇りだ。

派手なトレーニングはいらない。
一日十分の散歩。
段差を減らす工夫。
夜の足元灯。
タンパク質を意識する食卓。

小さな積み重ねが、
未来の自由を守る。

転倒骨折は偶然ではない。
多くは「準備不足」という名の必然だ。

生涯青春。
それは心だけの話ではない。
足腰もまた、青春であれ。

転ばない身体は、
挑戦できる身体だ。

健康寿命とは、
生きている時間ではなく、
立っていられる時間。

あなたは、あと何年、
自分の足で歩きたいだろうか。