久遠から派遣された人々
宇宙生命の海に浮かぶダイヤモンドの船――地球。
その船は、ただ漂っているのではない。
確かに、どこかへ向かっている。
それは繁栄か、破滅か、停滞か。
いや、本来の進路はただ一つ、幸福であるはずだ。
しかし船は、自動操縦ではない。
舵を取る者がいる。
その人々は、肩書きではわからない。
権力の中心にいるとは限らない。
歴史に名が残るとも限らない。
けれど、確かにいる。
時代が混乱し、価値観が崩れ、
風が荒れ狂うとき、
静かに立ち上がる者がいる。
彼らはどこから来たのか。
私は思う。
それは「久遠」からだ。
久遠とは、はたらかせず、つくらず、
もとのままに在るもの。
時間の始まりも終わりも超えた、
生命の源流。
そこから派遣されたように、
ある人は災害の地で立ち、
ある人は若者の前に立ち、
ある人は家庭の中で静かに耐え、
ある人は言葉を書き続ける。
彼らは声高に自分を誇らない。
むしろ不器用で、傷つきやすく、
何度も迷いながら、それでもやめない。
久遠からの人々とは、
風と戦う者ではない。
風の中で流れを作る者だ。
幸福へと進む船は、
巨大な号令で動くのではない。
一人の決意から始まる。
青年が一人立ち上がる。
子どもが一人、誰かを許す。
老人が一人、希望を語る。
その小さな舵の動きが、
やがて船全体の進路を変える。
久遠から派遣された人々とは、
特別な超人ではない。
「今、ここで、自分の役目を果たす」と
決めた人のことだ。
幸福とは、
どこか遠くの港ではない。
舵を握る覚悟そのものが、
すでに幸福への航路なのだ。
このダイヤモンドの船は、
今日も進んでいる。
作品名:久遠から派遣された人々 作家名:タカーシャン・ソレイユ



