「芯」なき国家の漂流 — 経済破綻の先に問われるもの
現在の日本を覆う空気は、かつてないほど危うい。高市政権が掲げる積極財政と「サナエノミクス」の継承は、一見すれば国民への救済策に映る。しかし、その実態は「財政赤字の拡大」と「歯止めなき円安」という、市場の拒絶を招く時限爆弾を抱えている。
専門家の間では、英国のトラス政権が市場の洗礼を浴び、わずか45日で退陣に追い込まれた「トラス・ショック」の再来が囁かれている。もし現政権がインフレ抑制の限界を露呈し、日銀への圧力を強めれば、待っているのは「日本売り」という名のキャピタル・フライト(資本逃避)だ。株・債券・円が同時に売られるトリプル安が加速すれば、政権の寿命は「半年」持たずして尽きるだろう。
だが、真に恐れるべきは、政治の失策そのものではない。私たちが直面している危機の正体は、耳に心地よいバラマキや、威勢のいいスローガンという「風」にたやすく流されてしまう、国民の「芯のなさ」にある。
「上部」が描く理想や数字の遊びに、一人ひとりの生命が翻弄される。この歪みを正すには、国家の信用回復という外側の手だてだけでは足りない。失われた世界の信用を取り戻す道は、世界が認める合理的な方向性を示せるリーダーを頂くこと、そして何より、国民一人ひとりが**「風に流されない自己」**を築くこと以外にない。
立ち返るべき原点は、「人間根本」であり「生命尊厳」である。
経済指標や国威発揚といった「上部」の目的のために、個人の尊厳が二の次にされる社会は脆い。どんなに経済が焼け野原になろうとも、一人ひとりが自らの人生を真剣に考え、生命を何よりも尊ぶ思想を心中に築けるか。その「芯」が定まって初めて、日本は真の意味で再生の第一歩を踏み出せる。
今はまさに、国家の存亡をかけた「魂の試練」の時である。
作品名:「芯」なき国家の漂流 — 経済破綻の先に問われるもの 作家名:タカーシャン



