春に消える薬
威勢の良い言葉が飛び交う永田町の喧騒の裏で、静かに、しかし確実に「命の栓」が絞られようとしている。高市政権が掲げる対中強硬路線。その「旗」が高く掲げられ、支持率という風を受けるほどに、隣国からの報復という冷たい雨が、我々の生活の足元を濡らし始めている。
世論の関心はレアアースや半導体に奪われがちだが、真に危惧すべきは、朝晩、多くの国民が口にする「一粒の錠剤」の行方である。血圧を下げ、コレステロールを抑える。そんな当たり前の日常を支える原薬や中間体の多くを、我々は中国という「隣の工場」に委ねてきた。その依存度は、品目によってはほぼ十割に達する。
中国が突きつけた「軍民両用品」の輸出禁止。その曖昧な定義の網は、今や精密機器の部品を超え、医薬品の原料という生存の根幹にまで広がりつつある。昨年末に積み増した在庫という「貯金」が底を突くのは、桜の便りが届く頃だという。その時、病院の窓口で「いつもの薬がありません」と告げられた国民は、初めて、自らの生活がいかに脆い土台の上に築かれていたかを知ることになる。
「強い日本」という響きは心地よい。だが、その強さが、他国の供給網という支えを失った途端に崩れる「砂上の楼閣」であってはならない。マスコミの沈黙や政府の平静を装う姿勢が、国民から「覚悟」や「準備」の機会を奪っていないか。
春の嵐が吹き荒れる前に、我々は問わねばならない。掲げた旗の代償として、我々は何を差し出す準備ができているのか。政治の言葉と、国民の喉元を過ぎる薬。その距離が、かつてないほどに遠のいている。



