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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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ママズキッチン

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ママズキッチン





場所はうちの台所。時刻は十九時半。僕はそろそろ目を回す男子高校生。台所に独り。

冷蔵庫にはぎちぎちに食材が詰まっている。どこを開けても。

台所の壁際には、なんだか分からない調味料入れがズラリと並び、あと一時間で夕食を食べる。

母さんが熱を出した。それはいい。よくないけど。決してよくはないけど。でも母さんは薬が効いてきたみたいで、体温も37.5℃になり、眠った。一眠りしたら熱は下がるだろう。問題は食事だ。

「ごはんは適当に作れる?」と母さんに聞かれ、僕は何も考えず「うん」と言ってしまった。それがために、大量の調味料と大量の食材に向き合ってから〝無理だ〟と気付いたのだ。

僕が今想像しているのは、母さんの美味しいチキンティッカマサラ。鶏肉が香ばしく焼けている料理。しかし作り方を教わっていない。

「んー、炒め物ならなんとか…」



僕は鶏肉を選んだ。多分鶏肉だ。冷凍庫に入っていた。母さんがビニールの袋にパック分けしたので、部位は分からない。

それからニラと、なんだか分からない葉物野菜。これは野菜室から。

「え、フライパン、こんなにあったっけ…」

シンク下を覗くと、どどどどんと、五つフライパンがあった。なんでそんなに必要なんだろう。中には鍋のように底が深いフライパンもある。

「父さんの分も作るし、大きめかな」

勘で選んだ材料と調理器具が出揃い、ゴムベラはいつもの場所にあった。

自信はないけど材料に不安はなかったし、塩はわざわざ舐め分けてまで確かめた。味付けも〝ガラムマサラ〟と書いてある缶があった。油も〝pure olive〟と書いてある緑の瓶だ。オリーブオイルなんだろうけど、ピュアな方がなんかいいと思う。

〝きっと美味しくなるぞ!〟

「さて、これで作れそうかな?」

怒られるかもしれないけど、肉はパックごと給湯ポットに入れて蓋をし、溶かした。それでも中がまだ凍っていたので切るのには力が要るなと思った。

〝炒め物でも、ゴロゴロの具があった方が良いよね〟

肉も野菜も大きめに切ろうとした。でも、それがまず大変だった。

具材を切るだけでも時間が掛かってしまう。そんなにトントントンと素早くは切れない。どういうふうに切ればいいのか想像しながら、実現していく。それにこんなに時間が掛かるなんて思わなかった。それに、料理番組では切るシーンなんてないから、どうやってるのかは知らないし。

切り終わって時計を振り返ると、あと二十分で食事の時間だった。もうお腹もペコペコだ。

「炒めよう。強火かな?」

油をちょっとフライパンに敷いてから、火を点け炒め始める。凍っていた肉から。

ところが、肉が焼けてくるいい香りがしてきても、中はまだ生だった。

「え、嘘、なんで!」

〝焦げちゃう!火を弱くしないと!〟

それでも肉には中々火が通らず、外側が焦げていく。仕方なく油を足して焦げないようにし、すぐに野菜を投入した。

「焦げてる〜!」

僕がたとえ泣きべそをかいても、火力は現実に肉を焦がしていくのだ。

「ああ!もう!」

僕はあろう事か、そこでフライパンの中身を全て大皿に開けて、それを電子レンジに突っ込んだ。なんとなく三分。

グワーンと電子レンジの中で魔法が起きている音が響く。そして、たった今まで起きていた混乱から解放され、僕は自分の額の汗に気付いた。

何の為にお前はフライパンを出したんだと自分に聞きたかった。



上手くいく訳がなかったんだ。僕も今目の前にある物を〝料理〟とは呼びたくない。

黒焦げになり掛けた鶏肉と、丁度炒め上がって少し萎れた野菜。それらが全て油塗れになってギラギラ光っている。スパイスは纏ついた黒い粒粒に見えて不気味だ。

「冷凍食品じゃないのに体に悪そう…」

〝炒め物を作る時の母さんはいつも、「今日は楽しちゃお」って言ってたのに…〟



「ありがとう、透…いただきます」

よろよろの母さんが二階から降りてきた。そして二人で食卓に就く。

「あ、うん、でもごめん、多分美味しくないよこれ…」

「確かにちょっと焦げちゃってるね。冷凍庫の鶏肉?溶かすの大変だったでしょ。冷蔵庫に豚肉あったのに」

「あ、そうなんだ、ごめん…」

「いーのよ、鶏肉美味しいし」

笑い混じりに母さんはそう言って、お肉を一口。

「んー…」

しばらく口をもぐもぐやっていた母さんは、首をあっちこっち動かした。そしてこう言う。

「これ、塩入れた?」

「え、あ!入れてない!」

そういえば、舐め分けてまで塩を判別したのに、肉が焦げてしまった混乱で忘れていた。

「塩、かけようか?」

僕がそう言って席を立とうとすると、母さんが〝いいって〟と手を放り投げる。

「いいよ、スパイス美味しい感じ」

「そう?」

「それで、お米まだ炊けないの?」

「あ、そうだお米!ごめん炊いてない!」

〝そういえば炒め物に夢中だった!〟

母さんは織り込み済みだったのか、冷蔵庫を指差した。

「じゃあ、冷凍庫にパック分けしてあるやつ、チンして」

「分かった!ごめんね!」

「ゆっくりやってね。ありがとう」

僕は、二つのご飯のパックを入れた電子レンジ前に立っている時、考えていた。

〝こんなに料理が大変だなんて知らなかったなあ、母さんは一時間で三品作るし。どうやってるんだろう?〟

〝普通の学生生活をして、仕事場で父さんに会うまでは母さんは働いていたよな…〟

〝いつ練習してたんだろう、料理…もしかして、僕みたいに高校生だった頃から…〟

熱が出ている母さんには何も聞けず、翌朝には食卓は元通りになった。その後僕は、「ごちそうさまでした。美味しかった」と必ず言うようになったのだ。出来ない事をして貰っているのだから、感謝が何よりだ。と学んだ。

それから、これは母さんには内緒だけど、最近母さんが寝てから、勝手に台所を借りている。

ちょっとしたサプライズを考えているのだ。母さんの誕生日に。



おわり
作品名:ママズキッチン 作家名:桐生甘太郎