宇宙の本体を飲む
コップ一杯の水を飲む。
それは日常の中でもっとも取るに足らない行為の一つだと思われている。
だが本当は、私たちはその瞬間、宇宙そのものを体内に迎え入れているのかもしれない。
水の分子式は H₂O。
その中に含まれる水素は、約138億年前のビッグバン直後に誕生した、宇宙最古の元素だ。
つまり、私たちが水を飲むたび、宇宙の始まりから存在し続けてきた物質を、何の儀式もなく体内に通している。
酸素は星の内部で生まれ、水素は宇宙の夜明けに生まれた。
その二つが結びついた水は、時間の異なる起源を同時に抱えた存在である。
水を飲むとは、宇宙の「最初」と「途中経過」を一緒に飲み干す行為だ。
さらに視点をミクロに向けると、驚くべき事実が現れる。
水を構成する原子の内部は、ほとんどが空間だ。
原子核をパチンコ玉とすれば、電子は何キロも離れた場所を回っているようなもの。
私たちが「確かな液体」として感じている水の正体は、99.9999999%以上が何もない空間なのである。
つまり私たちは、水という「物」を飲んでいるのではない。
宇宙の隙間を、喉で感じている。
冷たさ、潤い、喉を通る感覚。
それらは物質そのものではなく、分子と分子が交わす電磁気的なやり取りにすぎない。
宇宙の本体とは、固体や液体ではなく、力と力の相互作用なのだ。
水を飲む瞬間、あなたの体内では、
電磁気力が働き、熱が移動し、分子が振動し、情報が神経を走る。
そこでは宇宙の基本法則が、寸分の狂いもなく実行されている。
さらに、水は地球だけの産物ではない。
宇宙空間には、水蒸気や氷が無数に漂っている。
地球の水もまた、彗星や小惑星が運んできた「宇宙の落とし物」である可能性が高い。
水は、星が生まれ、壊れ、その残骸が巡り巡って生まれた宇宙の循環物だ。
H₂Oとは、宇宙の輪廻転生が作り出した、極めて簡潔な記号なのである。
水を飲むことは、単なる水分補給ではない。
それは、宇宙の歴史、空間、法則、循環を、
自分の血と細胞の一部として引き受ける行為だ。
カール・セーガンは言った。
「私たちは、宇宙が自分自身を知るための手段である」
もしそうなら、水を飲むあなたの体は、
宇宙の出張所なのだろう。
宇宙はあなたの喉を通り、あなたの体を使って、自分自身の味を確かめている。
次に水を飲むとき、ほんの一瞬でいい。
それを「ただの水」と思うのをやめてみてほしい。
あなたは今、
宇宙の本体を飲んでいる。
そう思えたとき、
日常は静かに、神聖な儀式へと変わる。



