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タカーシャン
タカーシャン
novelistID. 70952
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国家はなぜ「運用」を放棄したのか

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国家はなぜ「運用」を放棄したのか

突き詰めれば、税金は国の投資だけでも賄える。
この膨大な国の借金を考えれば、なおさらだ。

本来、国家とは最大の投資主体である。
教育、インフラ、医療、技術、エネルギー、産業。
それらは支出ではなく、未来から回収するための投資だ。
投資が正しければ、雇用が生まれ、所得が増え、
結果として税収は自然に循環する。

ところが日本では、
成長の設計より先に増税が語られる。
投資の質より先に、徴収の話が出る。
これは財政運営ではない。
思考停止である。

もし20年前から、
国がファンドとして予算を回していたらどうなっていただろうか。
税金は「消えるお金」ではなく、
国民全体が出資する元手として扱われていたはずだ。
国家は徴収者ではなく、
運用責任者になっていた。

ファンドである以上、失敗は許されない。
それは国民の資産だからだ。
説明責任は重く、
「前例」や「空気」で金は動かせない。
成果が出なければ、
運用者が問われる。
この緊張感こそが、
政治と行政の質を引き上げたはずである。

だが現実は違った。
使って、足りなくなったら集める。
失敗しても、責任は曖昧なまま。
そのツケだけが、
国民に回され続けてきた。

借金が膨らんだ原因は、
国民が怠けたからではない。
運用の思想を持たないまま、
金だけを動かしてきた結果だ。

税とは本来、信頼の対価である。
この国に託せば未来が良くなる、
そう信じられるからこそ、人は納める。
だが今は逆だ。
信頼がないから徴収し、
成果がないからさらに求める。

問われているのは、税率ではない。
国が何に投資し、
何を育て、
どんな未来を回収しようとしているのか。
その哲学である。

20年前にできなかったことは、
今も自動的にはできない。
必要なのは制度以前に、
国民の立ち位置だ。
「取られる側」から
「託す側」へ。

国家は、
国民が運用を問い始めた分だけ、
初めて成長する。