政治家に騙される雰囲気とは化粧と同じ
政治家に騙される雰囲気とは、化粧と同じである。
化粧は欠点を隠し、印象を整え、安心感を与える。だが、化粧をしたからといって中身が変わるわけではない。人格も、体質も、能力も、そこにあるものは何一つ変わらない。ただ「よく見える」だけだ。
政治の世界でも、同じことが起きている。
言葉を飾り、表情をつくり、耳障りの良いスローガンを並べる。説明しているようで、実は何も説明していない。決断しているようで、責任の所在は曖昧なままだ。それでも人は「ちゃんとしていそうだ」と感じ、深く考えることをやめる。
化粧は悪ではない。
だが、化粧だけを信じるのは危うい。落とせば素顔が現れることを、私たちは知っているはずだ。それなのに政治になると、なぜか落とそうとしない。問いを持たず、確認もせず、雰囲気のままに安心する。
騙されているのは、巧妙な技術のせいではない。
見抜こうとしない側の怠慢である。
化粧を見て人を判断することと、言葉だけで政治を評価することは、本質的に同じだ。
政治家が「どう見えるか」ではなく、
「何を決め、何から逃げているか」を見る。
その視線を国民が持たない限り、政治は永遠に化粧を厚くするだけだ。
雰囲気に酔う社会は、必ず中身を失う。
化粧を責める前に、素顔を見ようとしない自分の目を疑うべきである。
政治が軽くなったのではない。
軽く扱ってきた私たちの姿勢が、そのまま映っているのだ。
作品名:政治家に騙される雰囲気とは化粧と同じ 作家名:タカーシャン



