尊厳とは、あなた自身の中にある
尊厳とは、誰かに与えられるものではない。
それは賞状でも、肩書きでも、国家の承認印でもない。
尊厳とは、あなた自身の中に、すでにある。
地球上のどんな生命も、誰かに「生きていい」と言われて存在しているわけではない。
草は命令されなくても芽を出し、鳥は許可を取らずに空を渡る。
生命とは本来、内側から「生きよう」とする力そのものだ。
人間も同じである。
私たちは、国家に認められたから生きているのではない。
役に立つから存在を許されているのでもない。
生まれた瞬間から、侵しがたい光のような尊厳をその身に宿している。
にもかかわらず、現代社会は巧妙にそれを忘れさせる。
「空気を読め」「皆がそうしている」「仕方がない」
そうした言葉の積み重ねが、人を少しずつ従属へと慣らしていく。
尊厳を外に預けてしまった人は、やがて自分を安売りする。
理不尽な制度にも、歪んだ政策にも、
「自分一人が声を上げても意味がない」と黙り込むようになる。
だが、自分の中に尊厳があると知っている人は違う。
それは反抗的になるという意味ではない。
自立するということだ。
理不尽を理不尽だと感じる感覚を、手放さなくなる。
権力者の言葉より、自分の内なる違和感を信じられるようになる。
魂を差し出す代わりに、対話を選べるようになる。
さらに重要なのは、尊厳の自覚が分断を終わらせるという点だ。
自分の中に尊厳を見出した人は、
隣にいる他者の中にも、同じ光があることに気づく。
すると、弱い者同士を争わせる構図が見えてくる。
怒りの矛先が、同じ立場の人ではなく、
構造そのものへと向かい始める。
ここに、共鳴が生まれる。
生命尊厳を基盤とした、静かで強い連帯が生まれる。
そしてもう一つ。
尊厳の自覚は、**搾取に対する「NO」**を可能にする。
経済や政治が、自分の尊厳を削って成り立っていると気づいたとき、
人は初めて立ち止まれる。
今、多くの「庶民後回し」の政策が通ってしまうのは、
人々が愚かだからではない。
自分の尊厳の価値を、低く見積もらされてきたからだ。
だから、教育の原点はここにある。
知識の詰め込みでも、競争の強化でもない。
まず伝えるべき言葉は、これだ。
「あなたは、誰かの道具ではない。
国家の部品でもない。
あなた自身が、宇宙にたった一つの尊厳そのものである。」
この言葉が、子どもたちの内側に根を張れば、
社会は必ず変わる。
政治も経済も、
本来の役割――生命を守るための仕組みへと
戻らざるを得なくなる。
尊厳は、守ってもらうものではない。
思い出すものだ。
そして、その記憶こそが、
あらゆる支配と欺瞞に対する、
最大の防波堤となる。
作品名:尊厳とは、あなた自身の中にある 作家名:タカーシャン



