顔に恋して、人生を失う
選挙、結婚、あるいは就職。人生の重大な分岐点において、私たちはしばしば「ワンイシュー(単一の論点)」という強烈な引力に引き寄せられる。それは人間で言えば、パッと目を引く「顔」のようなものだ。
「これさえ解決すればいい」「この人についていけば間違いない」。複雑な現実を鮮やかに切り取るそのシンプルさは、思考停止の快感とともに、私たちの判断を狂わせる。顔は好き嫌いの方向性を決める入り口にはなるが、それだけで生活や仕事、ましてや人生のすべてを預けることはできないはずだ。しかし、現代にはその「顔」に魅了され、ブレーキを失ったまま突き進む人々があふれている。
ワンイシューが単なる「商品」であれば、失敗しても買い直せば済むだろう。だが、悪質なワンイシューは「薬物」に近い。
それは服用した瞬間に全能感を与え、周囲の忠告をノイズとして遮断させ、戻るための足場をじわじわと焼き払っていく。そして、その毒性が発覚するのは、決まって「最悪の事態」に陥った時なのだ。崖から飛び出した後に、ようやく足元に道がないことに気づいても、もはや引き返す体力も時間も残されていない。
「止まらない、戻らない人々」が加速していくこの時代において、私たちを破滅から守る保険は何だろうか。
それは、小手先の「策」や「方法」ではない。それらは嵐の前では単なる時間稼ぎにしかならない。私たちを救う唯一の保険は、自身の内側に深く根を張った「思想」だけだ。
それは、地球のような自転軸を持つことだ。
外側でどれほど派手なワンイシューが叫ばれ、狂おしい熱狂が渦巻こうとも、自分を引き戻す「重力」を内側に持っていること。その根本の軸さえ揺るがなければ、私たちは「顔」の良し悪しを楽しみつつも、決して人生そのものを差し出すような過ちは犯さない。
入り口は常に甘く、分かりやすい。だからこそ、私たちはその門を潜る前に、己の軸に問わねばならない。
「この顔の裏に、私の人生を支える体躯はあるか」と。
作品名:顔に恋して、人生を失う 作家名:タカーシャン



