日本の最先端が止まる日を、想定しているか
〈「レアアース解散」と呼ぶべき緊迫した政局〉
日本の最先端技術が止まるという事態を、この国は本気で想定しているのだろうか。
もしそれが現実になれば、日本の魅力は世界からほぼ消える。これは比喩ではない。
日本はすでに、人口でも資源でも市場規模でも、世界の中心ではない。
それでも国際社会で一定の存在感を保ってきたのは、ただ一つ、
「日本の最先端は信頼できる」「日本は止まらない」という評価があったからである。
半導体製造装置、精密材料、光学部品、研磨技術――
これらは表舞台に出ないが、世界の産業が成立する前提条件だ。
日本は完成品の国ではなく、世界の産業が回る“前提”を担う国である。
だから、日本の最先端が止まることは、日本だけの問題では終わらない。
サプライチェーンは即座に詰まり、各国の生産計画は狂い、
日本は「迷惑をかける国」へと転落する。
ここで直視すべき現実がある。
世界は、日本が止まれば困る。
しかし、困ったままでは終わらない。
世界は必ず、時間をかけて「日本抜き」の再設計を行う。
それは一度始まれば、元に戻らない。
日本にとって最も危険なのは、突然の崩壊ではなく、
静かに代替され、不要と判断される過程である。
資源問題は、その引き金にすぎない。
レアアースや研磨剤が不足すれば、最先端は鈍る。
鈍った最先端は、やがて最先端ではなくなる。
それでもなお、
「摩擦を避けるべきだ」
「現実的な対応が必要だ」
という声は強い。
だが問う。
最先端を失ってなお、何が現実的なのか。
一時的な安定のために技術基盤を手放すことは、
国家としての役割を自ら放棄する行為に等しい。
それは慎重でも賢明でもない。
ただの撤退である。
日本が世界から必要とされなくなったとき、
観光や文化が国を支えるという幻想は、あまりに無責任だ。
世界は「楽しい国」を尊敬しない。
必要な国だけを、相手にする。
最先端を守るとは、国内産業を守ることではない。
世界に対する責任を果たし続ける覚悟を持つということだ。
いま問われているのは、外交手法でも景気対策でもない。
この国は、止まらないという約束を、世界に対して守り続けるのか。
それとも、静かに役割を終えるのか。
選択の猶予は、そう長くない。
作品名:日本の最先端が止まる日を、想定しているか 作家名:タカーシャン



