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タカーシャン
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novelistID. 70952
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自由という名の監視放棄

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自由という名の監視放棄

「自由に働ける」「自分で決められる」。
この言葉ほど、現代の搾取を覆い隠す便利な免罪符はない。

レンタカー回送ドライバーの現場では、24時間近く拘束されても、報酬は数千円。そこから食費や帰路の交通費を差し引けば赤字になる。だが彼らは「労働者」ではなく「個人事業主」だ。契約は自由意思、自己責任。そう書類上は整理されている。

国はこの状況をどう見ているのか。
答えは明白だ。国は現場を見ていない。監視しているのは書類だけである。

契約書に「業務委託」と書かれていれば、最低賃金も労働時間規制も視界から消える。移動時間や待機時間が無償でも問題にならない。働いた結果、生活が成り立たなくても「本人の選択」として処理される。

これは自由だろうか。
選ばなければ生きられない選択肢を、自由と呼んでいいのか。

国が本来監視すべきなのは、契約の形式ではない。
その仕事が、人を消耗品として扱っていないか。
働いた結果が、赤字や危険につながっていないか。

「自由な働き方」を掲げるなら、その自由が誰のためのものかを問わねばならない。
自由を理由に、誰も責任を負わない構造を放置するなら、それは監視ではなく、意図的な無関心である。

国は何を監視しているのか。
この問いに答えられない限り、同じ搾取は、今日も「自由」の名の下で静かに継続されていく。