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タカーシャン
タカーシャン
novelistID. 70952
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浅はかな国民になってしまった

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浅はかな国民になってしまった

いつからだろうか。
考えているようで、実は何も考えていない。
そんな空気が、この国全体を覆うようになったのは。

今の日本を眺めると、肌感覚としてこう映る。
七割は表面的なうわべ思考。
ニュースの見出し、切り取られた言葉、誰かの意見をなぞるだけで、理解した気になっている層。
深く掘ることも、疑うこともない。
「そうらしい」「みんな言っている」で思考は止まり、そこで安心する。

二割は無関心だ。
良いとも悪いとも言わない。
見ない、聞かない、関わらない。
しかし無関心は中立ではない。
それは責任を放棄するという、静かな選択である。
社会は誰かが動かしているのではない。
多くの場合、誰も止めなかった結果として暴走する。

そして残る一割。
この一割だけが、変革思考を持つ。
だがそれは、綺麗で優しい理想論ではない。
壊さなければならない現実と、守らなければならない本質。
その両方を同時に抱え込む、表裏一体の思考だ。

変革を語る者は、必ず嫌われる。
空気を壊すからだ。
面倒くさい存在として扱われ、
「和を乱す」「否定的だ」と距離を置かれる。
それでもなお問い続ける人間だけが、変革思考に立ち続ける。

この国が変わらない理由は、制度の問題だけではない。
官僚主義や仕組みの硬直は、結果にすぎない。
根にあるのは、人の思考の停止である。
現場を見ず、数字や前例にすがり、
「誰かが決めたことだから」と納得してしまう心だ。

本来、日本人はもっと現場主義で、庶民感覚を持っていた。
声の小さな人の違和感に耳を澄まし、
理屈より実感を信じてきたはずである。
それを手放した瞬間から、国はゆっくりと鈍り始めた。

浅はかさとは、知能の低さではない。
考えることを途中でやめること。
答えを誰かに預けてしまうこと。
それを繰り返すうちに、人は自分の言葉を失っていく。

変革は多数決では始まらない。
いつの時代も、一割の違和感から始まる。
その声をうるさいと切り捨てるか、
未来からの警告として受け取るか。
その選択が、国の行方を決める。

浅はかな国民になったのではない。
浅はかであることに慣れてしまったのだ。
だが、思考はいつでも取り戻せる。
問うことをやめなければ。
自分の頭で考え続ける限り、
この国は、まだ変われる。