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タカーシャン
タカーシャン
novelistID. 70952
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走り続ける心と、壊していい社会の枠

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走り続ける心と、壊していい社会の枠

子どもは、やりたいことに向かって迷いなく走る。
止まる理由を知らないからだ。
疲れることよりも、好奇心が勝っている。

ところが不思議なことに、大人になっても人はゆっくりできない。
体は止まっていても、心だけが常に走っている。
予定、責任、評価、不安。
走らされているのか、走ることに慣れてしまったのか、境界はもう曖昧だ。

何も知らなかった頃、世界はすべてが新鮮だった。
理由も意味も求めず、ただワクワクし、ドキドキしていた。
多くの大人は「あの頃は無邪気だった」と過去形で語るが、
本当に失われたのは無邪気さだろうか。
そうではない。
変わらなかったものを、封じ込めただけなのだ。

社会は枠をつくる。
効率、正解、前例、同調。
それらは秩序を保つために必要だが、
同時に人の輪郭を削り、個性を角に丸めていく。
気づけば「はみ出さない自分」だけが残り、
走りたい方向は見えなくなる。

だが、枠は絶対ではない。
壊すと言っても、破壊や反抗を意味しない。
自分の感覚を信じ直すこと。
「みんなと同じでなくてもいい」と認めることだ。

同じであることは安心をくれる。
しかし、同じであり続けることは、やがて退屈を生む。
退屈は、心の鈍化だ。
ワクワクやドキドキが遠ざかるのは、年齢のせいではない。
自分の内側より、外の基準を優先しすぎた結果である。

走りたい方向は、今も消えていない。
社会の音にかき消されているだけだ。
耳を澄ませば、心はまだ走っている。
子どもの頃と同じ速さで。

大人になるとは、立ち止まることではない。
自分で走る方向を選び直せるようになることだ。
枠を壊す勇気は、
実はずっと、走り続けてきた心の中にある。