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タカーシャン
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novelistID. 70952
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「自己責任」から組織責任へ

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「自己責任」から組織責任へ

――善意に依存しない社会のために

日本社会では長く、「善意」や「自発性」に支えられた活動が尊ばれてきた。ボランティアや宗教活動はその代表例であり、多くの人の心を支え、地域や社会を下支えしてきたことは間違いない。

しかし今、その前提を静かに見直す時期に来ているのではないだろうか。

これらの活動の多くは、雇用関係ではないという理由から、参加者の健康や安全が「自己責任」として扱われがちである。体調を崩しても、精神的に疲弊しても、「自分で選んだこと」「無理をした本人の問題」と整理されやすい構造がある。

だが現実には、介護、防災、地域支援など、社会に不可欠な機能をこれらの活動が担っている。もはや単なる個人の善意ではなく、社会的役割を持つ組織活動と言ってよい段階に来ている。

活動が社会的機能を果たしている以上、その負荷やリスクを個人にのみ負わせ続けることには無理がある。支える人が疲れ果て、離脱し、心身を壊してしまえば、活動そのものが持続しないからだ。

必要なのは、「自発性」と「無制限」を切り離す視点である。参加は自発的であっても、活動の管理は組織が担う。活動時間の上限、休息の確保、相談体制の整備など、最低限の安全配慮をルールとして明文化することが求められる。

これは信仰や善意を否定することではない。むしろ、その価値を守るための措置である。休むこと、離れることを個人の判断に委ねず、組織として引き受ける。そうした仕組みがあってこそ、活動は長く続く。

「自己責任」から「組織活動の責任」へ。
それは自由を奪う発想ではなく、人を壊さないための社会的成熟である。

善意に依存し、消耗させる社会から、善意を守り、活かし続ける社会へ。
その転換が、いま静かに問われている。