迷いの中で、一本の道を生きる
人は一日で、数え切れないほどの取捨選択をしている。
見るもの、聞くもの、信じるもの、反応するもの。
その多くは無意識で、そしてその無意識こそが、人を最も疲れさせる。
情報が多すぎる時代、人は生きているというより、
何かを削り続けている感覚に陥る。
選び続けることで安心し、決めることで不安を抑え込もうとする。
だが、取捨選択の量が増えるほど、心は軽くなるどころか、重くなる。
だからこそ大切なのは、
何を選ぶかよりも、何を選ばないかである。
選ばない勇気は、怠惰ではない。
それは、自分の命の使い道を守る行為だ。
人は迷う。
さまよう。
ときに途方に暮れる。
それは弱さではなく、真剣さの証でもある。
選択肢が多いほど、正解は騒がしくなる。
他人の価値観が正しさの顔をして、心に入り込む。
その結果、自分の声が聞こえなくなる。
しかし、思想の軸が一本通ると、世界は急に静かになる。
希望が増えるのではない。
定まる。
趣向で動くことは、軽さであり、正直さだ。
好きだと思う方向に体が向く。
そこに理屈はいらない。
だが、趣向だけでは、エゴは暴走する。
エゴは否定すべきものではない。
エゴは衝動であり、エネルギーであり、生きようとする力だ。
それを私欲のまま放置すると、他者とぶつかり、疲弊する。
だが、それを使命として捉え直すと、
エゴは役割へと変わる。
使命とは、自分を正当化するための言葉ではない。
自分を立派に見せるための看板でもない。
使命とは、
自分を使い切るための視点である。
どう生きるのか。
その問いに、明確な答えを最初から持つ必要はない。
遠くのゴールを決めなくていい。
正解を探さなくていい。
今の一歩が、自分に嘘をついていないか。
見るべきなのは、それだけだ。
迷いは未熟ではない。
さまよいは失敗ではない。
それらを通り抜けた者だけが、
一本の道を、自分の足で選ぶことができる。
どう生きるかとは、
迷わないことではない。
迷っても戻れる、思想の軸を持つことだ。
その軸に沿って歩いていくと、
振り返ったとき、道は不思議と
一本だったように見えてくる。
作品名:迷いの中で、一本の道を生きる 作家名:タカーシャン



