過去で語るな、未来を塞ぐな
――昭和人間の私からの手放し宣言――
昭和を生きてきた。
根性、我慢、長時間、上下関係。
それらは確かに、あの時代を動かす燃料だった。
だからこそ言える。
令和に昭和感覚を持ち込むことは、無駄であり、害である。
「前は」
「昔は」
「私のころは」
この三つの言葉ほど、組織を静かに腐らせるものはない。
それは経験談のふりをした思考停止だ。
時間を止め、現場を黙らせ、未来の芽を摘む呪文である。
環境が違う。
速度が違う。
人の価値観も、社会の構造も違う。
それでも過去を基準に今を裁く。
それは指導ではない。
支配であり、自己正当化だ。
組織が壊れるのは、失敗したときではない。
成功体験を疑わなくなったときだ。
「俺たちはこうやってきた」
その一言で、思考は止まり、対話は死ぬ。
若い世代は甘えてなどいない。
時代に合ったやり方で、
最短で成果を出そうとしているだけだ。
苦労は美徳ではない。
結果を生まない苦労は、ただの浪費だ。
昭和人間に残された役割は何か。
教えることでも、叱ることでもない。
信じること。任せること。道を空けること。
過去を語りたくなったら、飲み込め。
比較したくなったら、一歩下がれ。
それが、昭和を生き抜いた者の責任であり、
次の時代への礼儀だ。
未来の足を引っ張るな。
過去にしがみつくな。
昭和を生きた私が、
令和に向けてできる最後の仕事は、
自分自身を更新することである。
作品名:過去で語るな、未来を塞ぐな 作家名:タカーシャン



