肯定しては、変われない
昭和世代は、日本を作り上げてきた。
高度経済成長、右肩上がり、努力すれば報われる社会。
疑う余地のない「正解」があり、それに従うことが善だった。
その成功体験は、確かに価値がある。
否定すべきものではない。
しかし――
肯定し続ける限り、社会は変われない。
なぜなら、
人は自分が正しかった世界からは離れられないからだ。
昭和世代の正しさは、
効率、管理、根性、我慢、成果。
それらは時代に合っていた。
だが今、それは社会の中で
「重力」となってのしかかっている。
変化を阻んでいるのは、
悪意ではない。
むしろ「確信のある善意」だ。
私たちは無意識のうちに、
こう言ってしまう。
「昔はこうだった」
「それでは通用しない」
「社会とはそういうものだ」
それは助言の形をした支配であり、
経験の名を借りたブレーキである。
若者の言葉が軽く見えるのは、
浅いからではない。
違う地平を見ているからだ。
本当の変化は、
昭和世代がもっと頑張ることでは起きない。
制度を磨き直すことでも、
会議を増やすことでもない。
変化が起きる瞬間は、ただ一つ。
「任せる」と決めたときだ。
青年世代を信じるとは、
褒めることでも、甘やかすことでもない。
ましてや期待を押し付けることでもない。
それは、
自分たちの正解を手放す覚悟である。
失敗させること。
遠回りを許すこと。
未完成を肯定すること。
昭和世代が最も苦手としてきたことを、
あえて差し出すこと。
それこそが、
次の時代への最大の貢献なのだ。
私たちは、
「教えすぎた世代」だったのかもしれない。
正しさを渡し、
不安を奪い、
考える余白を埋めてしまった。
だから今、
静かに一歩下がる。
口を出さず、答えを言わず、
転びそうな背中を
ただ見守る。
昭和世代の役割は、
もう「導くこと」ではない。
信じて、退くこと。
肯定してきた過去を胸に抱いたまま、
それでも前には出ない。
変化とは、
新しい誰かが立つために、
古い誰かが座ることなのだから
作品名:肯定しては、変われない 作家名:タカーシャン



