有馬さんのついのべ
6月15日
愛した女が力を失い水の底へと沈んでいく。俺は必死に女を背に乗せ沈まぬように押し上げる。「もういいのよ」彼女が言った。「もういいの。ひれを失った私には、この海で生きることなど出来ない」彼女のひれがあったそこからは、真っ赤な鮮血が海藻のように揺らいでいる。
網にかかった大量のサメ達を、船上で漁師たちは慣れた手つきでそのひれだけをそぎ落とす。ひれさえ頂けばあとは塵屑だ。巨大な海と言う名のゴミ箱へ、ばしゃりばしゃりと捨てていく。ひれのない鮫は泳ぐことすら叶わない。もがき、苦しみながらも沈んでいく。
上からは相変わらずたくさんの仲間が落ちてくる。苦しみながら死んでいく。ならばいっそ一息で――血のにおいを嗅ぎつけた同族達が仲間の息の根を止めていく。「もう、いいの。ありがとう」彼女はもう一度そう言うと、そっとほほ笑んだ。
「いいわけないだろう!」思わず大きな声が出た。「本当に……あなたって」彼女が何かを言いかけたその時、俺の横を稲妻のように泳ぎ去り、彼女をさらい、そしてその命を奪った男がいた。「ケンジ!」
愛しい女の名を叫んだが返事はもう無かった。「ケンジ…お前…」憤怒の炎を両の目に宿しながら俺は戦闘態勢を取った。「俺をやるのか?それもいいさ。だがお前はただ悪戯に苦しめていただけにすぎんぞ!」その言葉はいつだったか漁師に銛で突かれた時のように俺の心を貫いた。