軍隊なき国が教えてくれること
国家とは何か。この問いは古代から続くが、
21世紀の今ほどその本質が問われる時代はない。
世界は分断し、戦争は絶えず、
力ある者が弱い者を押しつぶす光景が再びあたりまえになっている。
そんな時代にこそ、
「軍隊を持たない国」として知られるコスタリカの選択は、
ただの特殊例ではなく、“生きた問い”として私たちに迫ってくる。
軍隊をなくした日──恐れに勝つ決断
1948年、コスタリカは内戦を経験した直後、
国家として前代未聞の決断を下した。
「軍隊を廃止する」
荒れた大地に銃がまだ転がるなかで、
武器を捨てるという決断ができる国は世界でも稀だ。
それは単なる勇気ではなく、
国家の価値観を根底から変える覚悟の表明だった。
軍を持たないということは、
外敵に対して脆弱になるということでもある。
だからこそコスタリカの選択は、
“恐れよりも、人間の尊厳を優先する”という宣言だった。
軍への支出はゼロになり、
その分の資源が教育、医療、福祉へ流れた。
読み書きできない国民が減り、
高等教育への進学率はラテンアメリカでも高水準。
貧困率は下がり、政治的にも比較的安定した。
「国を守る」とは何を守ることなのか。
国土か、体制か、人の生活か。
コスタリカはこう答えたのだ。
「守るべきは、人の命と尊厳である」と。
人権を国のど真ん中に置くということ
多くの国が「人権」を掲げている。
しかし現実には、
国家の都合で人権が後回しにされる場面はいくらでもある。
安全保障、経済、秩序、効率――
いずれも大切だが、人権が削られるのは常に弱い人々だ。
コスタリカは、人権を“国家運営の中心軸”に置くという
世界でも稀な道を選んだ。
軍がないからこそ、
人権侵害を起こしうる強大な武力組織も存在しない。
その代わり、国家の正当性は
**「どれだけ国民の尊厳を守れるか」**で測られるようになった。
学校に通えること、
医療が受けられること、
差別から守られること、
安心して暮らせること。
兵器や軍備に注がれる予算を
こうした分野に回すという選択は、
人権を「理念」ではなく「国家の仕組み」へと転換させた。
これは理想論ではない。
国家の価値観をどこに置くかで、人の人生は大きく変わるのだ。
命とは何か──国家が定義するとき、社会は変わる
「命を大切に」とは誰でも言う。
しかし国家レベルで命をどう扱うかは、
その国の未来を決める最も大きな要素である。
コスタリカのやり方はこうだ。
「命は、誰かが管理するものではない。
命は、守られる権利である。」
だからこそ軍隊を持たず、
命を奪う力より、
命を支える力を選んだ。
命とは、ただ生きている生物学的な状態ではない。
・教育を受けられること
・安心して眠れること
・暴力に怯えずに暮らせること
・病気を治療できること
・明日を恐れずに働けること
こうした“人間らしく生きる条件”が揃って、
やっと命は「尊厳」と呼べるレベルに達する。
コスタリカはこの尊厳を守るために、
国家そのものを再設計したのだ。
弱さこそ、力になりうるという思想
世界は「強さ」を求めてやまない。
強い軍事力、強い経済力、強いリーダーシップ。
しかしコスタリカは真逆の道を選んだ。
「弱さを受け入れることで、別の強さが生まれる」
軍事的に弱いからこそ、
国際法や外交を徹底して使うようになり、
交渉力はむしろ強まった。
小国だからこそ、環境保護や人権の面で
世界的リーダーの役割を果たすようになった。
力の定義を変える。
これは国家にとって最も難しい挑戦だ。
しかしそれを実現した国が現実に存在する。
だからこそ、コスタリカの姿勢は世界に問いを投げかける。
では、私たちは何を学べるのか
コスタリカのように軍隊を廃止するといった
極端な模倣をする必要はもちろんない。
地理、歴史、人口、国際関係――国ごとに条件は違う。
しかし、学べる本質は明確だ。
・国家は人のために存在する。
・人権は後回しではなく、中心に置くもの。
・命は管理されるものではなく、守られる権利。
・恐れではなく尊厳を優先するという“選択”が可能であること。
そして最も大事なのは、
“国の哲学”を持てるかどうか。
コスタリカには哲学がある。
「武力より人間。恐れより尊厳。破壊より教育。」
その哲学が国を支えている。
国とは何か、人権とは何か、命とは何か
国とは、
国民の命をどう扱うかで定義される。
人権とは、
国家の都合より優先されてこそ意味がある。
命とは、
ただ生き延びることではなく、
尊厳を持って生きる権利である。
コスタリカの存在は、
この3つの問いに対するひとつの答えだ。
それは弱さではなく、
むしろ未来へ踏み出すための強さを示している。
そして私たちは、
その生きた答えから新たに学び直すことができる。
国とは何のためにあるのか、
命とは何を守るものなのかを。
作品名:軍隊なき国が教えてくれること 作家名:タカーシャン



