自動車産業に巣食う「いい加減」の構造――なぜ不祥事はなくなら
長年、自動車に関わる仕事をしていると、どうしても胸の奥に澱のように沈殿してしまう疑問がある。なぜ、この業界は「いい加減」なのか。なぜ、何十年も同じ種類の事故、不祥事、整備ミスが繰り返され続けるのか。エンジン落下、ブレーキ外れ、タイヤ外れ、燃料の入れ間違い。車検後に車が壊れ、廃車に至る例すらある。中古車販売会社の不祥事、自動車メーカーの不正、配送ドライバーの不祥事、運送会社の労務違反――挙げ始めればきりがないほどだ。
問題は個々のミスや事件ではない。なぜ “なくならない” のか。本質はそこにある。
自動車は高度な工業製品であり、国を支えてきた基幹産業である。その裏側で、これほどまでに綻びが続くのはなぜか。私は、この “いい加減さ” を単なる怠慢とは見ない。むしろ、日本社会と自動車産業が抱える深層構造そのものが生んだ、必然の現象なのだと考えている。
①「責任の分散」がもたらす無責任
自動車は、ひとつの命を預かる機械である。しかしその一台をめぐる過程には、メーカー、ディーラー、整備工場、保険会社、中古販売会社、運送会社、下請け、孫請けなど、驚くほど多くの主体が関わっている。
それぞれが「自分のところは問題ない」「次の工程がチェックするはずだ」と思う。
つまり、責任が薄まる。
「誰の責任でもあるし、誰の責任でもない」
この構造が、いい加減さを温存し続ける最大の土壌である。
責任は分担された途端、誰かのものではなくなる。
これは航空事故の研究でも指摘されてきた構造だが、自動車業界では日常化している。
② 速度と効率の呪い
現代の自動車産業は、常にスピードを求められる。
物流は「遅れ」が損失になり、整備業は薄利多売でサービス時間を短縮され、メーカーは新型車投入のプレッシャーに追われる。
「安全より納期」
「確認より作業効率」
「品質よりコスト削減」
こうした価値観が組織のマインドに入り込むと、いい加減さは必ず発生する。
なぜか?
人間は、時間と余裕を奪われた瞬間、判断力を失い、“ほころび” は必然だからだ。
速度を優先する社会で、丁寧さは生き残れない。
③「ミスを許さない文化」が、逆にミスを増やす
不祥事を起こした企業が厳しく叩かれるのは当然だ。しかし日本社会は、失敗を異常なまでに恐れる。
その結果、現場では本来必要な報告が上がらず、
「隠す」
「ごまかす」
「やり過ごす」
という文化が生まれる。
自動車メーカーの不正問題は、その典型である。
データ改ざん、検査偽装、燃費試験の不正――。どれも組織全体が「失敗を恐れる」文化に沈黙してきた証だ。
“ミスを出せない職場” は一見優秀に見える。
だが実態は、ミスが表面化しないだけの危険な世界である。
④ 機械の高度化が「人間の退化」を生む矛盾
車はますます賢く、安全装備は増え、AIが人を支援する時代になった。
だがその一方で、整備士や販売員の技術が追いつかず、理解しないまま作業を進めるケースも増えている。
技術が高度化するほど、現場は “理解しないまま触る” リスクにさらされる。
その結果、作業ミスや設定ミスが増えるのは自然なことだ。
「技術の進化」=「人間の進化」ではない。
むしろ進化するほど、人間は理解しなくなる。
この矛盾が事故の温床となっている。
⑤ 車は“一生命を預かる道具”であるという自覚の希薄化
自動車に慣れすぎた社会は、その危険性を忘れる。
運転する人も、整備する人も、売る人も、
「命を預かる行為」 という本質感覚を薄めてしまった。
毎日触れ、毎日見て、当たり前になるほど、危機感は消える。
恐ろしいことに、危険なものほど「日常化」すると軽視される。
これは心理学でも説明できる。
リスクの常在化は、感覚麻痺を生む。
その麻痺が業界全体を覆い続けるかぎり、いい加減さは消えない。
では、どうすればいいのか
私は単純に「もっと厳しくしろ」とは思わない。
規制強化や罰則強化だけでは、人は追い詰められ、逆に隠すようになる。
必要なのは、
① 余裕を生む仕組み(時間・人員・教育)
② 失敗を隠させない文化
③ 責任の所在を明確にする制度
④ 技術に合わせて“人”を進化させる教育
⑤ 命を扱う職業としての誇りの再構築
である。
車は人の命を運ぶ器だ。
本来、この業界は “最も丁寧さが求められる職業” であるべきだ。
だが、現実は丁寧さと真逆の方向に走り続けている。
だからこそ、私は問いたい。
「いい加減さ」は個人の性格ではなく、構造である。
その構造を変えずに、事故や不祥事だけを責め続けても、何も変わらない。
自動車が命を預かる道具である限り、
“いい加減さ” は許されない。
しかし、それがなくならない理由は、社会全体の中にこそ埋め込まれているのだ。
作品名:自動車産業に巣食う「いい加減」の構造――なぜ不祥事はなくなら 作家名:タカーシャン



