All Hallows Evening
死者がこの世に戻ってくる夜。いまだ今生にしがみつく僕に、彼が逢いにくる夜。
僕はこの世のものならざる彼を、この腕に抱く。
彼の中に、僕を刻みつける。
現世を離れてなお、同性で抱き合うことに罪の意識を消せない彼の、その温かさを感じない体を、大事に抱きしめる。
何も語らない彼の、その表情が何より雄弁に語る躊躇い、戸惑い、そして僕の自惚でなければ、僕と触れ合うことへの喜び。
それらをひとまとめに、大事に大事に抱きしめる。
そして、夜が更ける…
彼は魔法使いだった。偉大な魔法使いの生まれ変わりと言われるほどの魔力を持っていた。
そして僕は聖剣に選ばれ、勇者となった。
2人で邪神に乗っ取られた神殿を解放する旅に出た。
いろんな苦難を乗り越え、一言では片付けられない冒険をたくさんした。その度に僕たちは絆を深め、お互いを無二の存在と認識し、そして強くなった。
とうとう邪神を追い詰めたあの時、瀕死の状態だった彼は、最後の力を振り絞って僕に魔法をかけた。
自分に、ではなく、この僕に。
すなわち、不死の魔法を。
「お前は、何があっても生きぬけ。わたしの分も、生きてくれ。お前が無事なら、それで十分だ…」
僕もボロボロに傷ついていたけれど、その魔法のおかげもあり、なんとか邪神を葬ることができた。
生還した僕は巍然(ぎぜん)たる勇者と讃えられ、僕に加護を与えた彼は赫々(かっかく)たる魔法使いと謳われた。
施政者からはなんでも望みをかなえてやろう、と山ほどの褒美を賜ったが、そのどれにも心は動かなかった。
僕のただ一つの望みは彼と再び逢うことだったから。
その望みが叶ったのかどうか…
彼はそれから、ハロウィンの夜に現れるようになった。
年を重ねるごとに僕は距離を詰めた。彼は躊躇いながらも受け入れてくれた。そしていつしかお互い伝えられなかった想いを交わすようになった。それだけの時が過ぎた。
なのに、その呪いのような魔法は、いまだに解けない。
長く、短い夜を抱き合って過ごす。
そして、朝になり僕の腕の中で眠っていたはずの彼がどこにもいなくなる絶望を何度も味わう。
彼はまだ諦めていないのだろう。僕が「普通」に女性を娶って「普通」に幸せになることを。
「もう、連れていってくれてもいいだろうに…」
ああ、彼の魔法は強力だ。今年も、まだ僕は生きている。
作品名:All Hallows Evening 作家名:萌木



