『こんな気候変動期を生きてみた』
夏が終わり、すぐに冬が来た。
四季は三季になり、やがて二季になった。
カレンダーはまだ四つの季節を載せているけれど、
人の心はもう、季節の変わり目を感じにくくなっていた。
それでも、どこかで誰かが、
小さな花の咲くタイミングを待っている。
【四季喪失】
季節がずれた朝、
気象庁のコンピュータは「春の欠落」を告げた。
季節が失われるのは、
ただのデータ異常ではなく、
人が自然と生きる感覚を忘れ始めたサインだった。
美帆は気づいていた。
科学の正確さよりも、
誰かの「今日は暖かいね」という言葉のほうが、
本当の天気予報かもしれないと。
【時々季の人々】
北では夏が三日、南では冬が二週間。
季節が不揃いでも、人はちゃんと笑っていた。
「時々季」――それは、時々季節がある暮らし。
人は環境に合わせて、生き方を変える。
けれどその中で、変えずに守るものもある。
ぬくもり。匂い。声。
それらがある限り、
季節は人の中で、まだ生きている。
【AIが泣いた日】
AIアナウンサー・真白は言った。
「春を、探しています。」
その声には、感情があった。
人間が忘れた“懐かしさ”を、
機械が思い出してしまったのだ。
感情は、データでは測れない。
けれど、美帆は思った。
「涙もまた、気候のひとつかもしれない」と。
【母と息子と気候】
洪水の夜、避難所の灯りの下で、
陽太は母に言った。
「季節ってさ、人の心みたいだよ。
変わるからこそ、美しいんじゃない?」
美帆は答えられなかった。
ただ、その言葉の奥に、
まだ見ぬ“人間の季節”を感じていた。
【人間の季節】
四季は消えても、
人の心が季節を作り出す。
涙が降れば雨、
笑顔がこぼれれば陽。
人間の中にある「気候」は、
まだ変わらずに生きている。
——こんな気候変動期を生きてみた。
変わることを恐れず、
変わることの中に、生きる意味を見つけながら。
季節はめぐらない。
それでも、
私たちはめぐり合う。
この惑星の春は、
人の希望の数だけ、咲いている。
作品名:『こんな気候変動期を生きてみた』 作家名:タカーシャン