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タカーシャン
タカーシャン
novelistID. 70952
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生物はなぜ戦うのか

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生物はなぜ戦うのか

生きものたちは、誰に教わるでもなく、戦っている。
捕食者から逃れ、食を求め、子を守る。
その姿は、まるで「生きる」という名の一本の糸にしがみつくようだ。

生物学の言葉で言えば、それは「強い遺伝子を残すため」となる。
だが、「強さ」とは何だろう。
力か、速さか、それとも環境へのしなやかな適応か。

北極の氷原では、白くなることが生存の力であり、
砂漠では、水を手放さないことが生命の知恵となる。
戦いとは、暴力ではなく、環境と調和するための静かな試行錯誤なのかもしれない。

ところが、自然の中には「戦わないことで生き延びる」生きものもいる。
アメーバは分かれて増え、植物は動かずして光を得る。
ミツバチは一匹の命を捧げ、巣全体を守る。
そこには、自己犠牲というもう一つの強さがある。

「戦う」という行為には、
必ずしも相手を倒すことだけが含まれているわけではない。
自らの存在を世界にどう刻むか。
それが戦いの本質ではないだろうか。

そして人間もまた、戦う。
だがその戦いは、もはや遺伝子のためだけではない。
私たちは、思想を残し、芸術を残し、愛を残そうとする。
それらもまた、生きた証を未来に託す行為である。

つまり、戦いは形を変えて進化してきたのだ。
遺伝子の戦いから、魂の戦いへ。
「残す」という欲求の中に、
生物も人間も共通の根源的な衝動を抱いている。

生物が戦うのは、強い遺伝子を残すため。
人間が戦うのは、意味ある存在として生きたかったから。
その違いこそが、私たちの進化であり、宿命なのだろう。