背が高い男
子供の頃から異様に 背が高かったので周りから見上げられて、却って本人は心の中でちっちゃくなっていた。
成長してからは、あまりに背が高いからとテレビにも出た。
スポーツで活躍するかと思いきや、内気に育ってしまった男には、そんな真似が出来なかった。
今や男は、地元でちょっと人気がある程度。中には男を気味悪がる者も居る。
取り分け女から人気がない。〝背が高過ぎて怖い〟と逃げられるのだ。
そんな彼も、母の世話で相手が見つかった。愛想の良い、小柄な娘であった。男は喜んだが、その三倍、四倍は不安であった。式の前の晩、男は背を縮める呪いみたく頭をぐりぐり抱え込んでいた。
しかし、結婚生活が始まってしまう。やはりそれは想像し得ない大変さであった。
男の家は特注の二階建てに造られた。一階も二階も特に高く造られている。うちに入った日に嫁さんは、「あれまあ、これならあなたも助かるわねえ」と口を開けて天井を見ていた。
朝、新婚ならばと嫁さんはウフウフ笑いながら、男の口へ向かって背を伸ばし、「あなた、あーん」なんて言ってみせるが、それが誠大変そうである。ビクビクしながら男は、二口目を貰う前に「いいって」と断った。
嫁さんから何かを受け取るのも、渡すのも、双方が苦労をしなければならず、その内嫁さんの方も鼻がとんがらかって、愚痴をこぼすようになった。
しかしある嵐の夜、雨戸が外れる風が迫った。
二階の雨戸をびしゃびしゃになって男が押さえていた。特別高い梯子もあったからだ。
二時間程そうしていると、どうやら暴風雨は治まった。そうすると男は〝なんだ、こんなもんか〟という心地になったのだ。
それから嫁さんに風呂を沸かしてもらい、男はぐっすり眠った。
その後男は、何かと高い所へ登りたがった。家の中の高所作業ならなんでもやった。高所作業専門の会社なら、生きた人間でやる訳にいかないからだ。
高枝鋏なんか使わなかったし、脚立に登れば雨樋の掃除も出来た。それはは嫁さんが心配もした。
「あなた!突っ掛けて瓦を落っことしちゃ嫌よ!あなたも足に食らうかもしれないし!」
家の庭で見守っていた嫁さんは男へ声を投げる。
「大丈夫だよ、丁寧にやるさ」
言葉の通りに、すりり、すりりと男は雨樋を撫でる。
「まあいいけどねえ、気をつけてね!あたしはお昼を作っていいかい?ほんとに、気をつけてね!」
「あいよ」
嫁さんはどこかへ行ってしまい、脇へ滑り込む秋風の中で、雨樋を拭った。
そして男は今でも、〝まあこんなもんか〟と思いながら、毎日暮らしているそうだ。
了