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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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夢じゃない哲学

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真夏の西日が差す独り切りのアパートで、誰にともなく情けなくつぶやく。

「はは…期限明日…真っ白だよ…」

一所懸命動いているエアコンが俺の声を塗りつぶしていた。

「論理学の必要性について」のレポート用紙を俺は放り投げ、じめじめを吹き飛ばすため息を吸った。

「だいたいよー!大学生が3+3なんかやってらんねーんだから当たり前だっつの!厳密なほど答えに近づくのなんか誰でも知ってるよ!わかってること聞くんじゃねえ!あー!」

俺は力尽きローテーブルにうつ伏せた。そのまま眠ろうと思った。こういう時はよく眠れるものだ。

目を閉じた途端、俺はこの世の人間でなくなる。もう何も見えない。頭が揺れて脳みそが液体になっていく。

段々と暗闇から景色が変わる。気がつくと、浅い色なのにこっくりとした虹色の川が流れていた。

「どこだ?ここ…」

虹色だがどこか古ぼけていて、お寺で見る曼荼羅なんかにあるような色使いの川。その前に俺は立っている。

辺りを見回すと、ぼやっと白い世界に影のように見える桃色たち。すると、その川で洗濯をしているらしい人が見えた。

“あんな人さっきは…”

彼は老人で、布切れ一枚を上手く身にまとった外国の人に見えた。喋る調子もたどたどしいのに、声は静かな大砲のようだ。

「大前提はいつでも発見さる。そこへ今を置くと、おのずと道が開かれよう」

驚いて考えている間に、姿なき声がした。それは上からだった。

“「すべての人間は死ぬ」、「ソクラテスは人間である」…導き出されるのは…?”

俺はちょっと怖かったけど、言ってみた。

「ソクラテスは、死ぬ…?」

老人が、さようと頷く。俺は思った。

“これ、学校でやった…?”

顎に手を当てている間にまた人が現れた。

その人は机と椅子を従えて空の真ん中に揺れている。壊れた振り子みたいに速く動いているのに、彼は真面目な顔で考え込んでいた。口は動いていないのにこう聴こえる。

「これは、なんだね?」

デスクと揺れるままなのにその人と目線が合ってる。夢だ。彼の後ろには巨大な赤い薔薇が浮いている。

“俺に聞かれた、んだよね…?まあ…”

「赤い薔薇、ですか…?」

すると彼は片眉を上げる。

「どうして“知っている”のだ…?」

「え、見たことあるから…」

反射的に答えたら今度は微笑まれた。

するとまた天の声が響く。

“生命の始まりより生じた、見ること、嗅ぐこと、味わうこと、触れること、聴くこと…足りないのは、なんだ…?”

色とりどりの天国みたいな場所で、俺は勉強をさせられている。なんでなのかは分からない。ふと何かを感じて脇を見ると、すぐ横に人が立っていた。

「わっ…」

その人は鳶色の目を鮮やかに輝かせ、ぴしっとしているのに肩はなだらかだ。

「貴方は何かにお悩みですか?」

“なんか、さっきから全部実践的だな…”そう思いながらも答える。

「は、はい、たまに…」

「本当なのか確かめたい。そう感じたことは?」

「ありますけど…」

“あなた誰?”と言う前にまたこう聞かれた。

「大きな問題を見てみてください。では、その問題は一つしか要素を持ちませんか?解体はできませんか?貴方がご存知なのは、本当の本当にすべてが真実なのですか?では、なぜ疑うのです?」

ドキッとした。何も喋っていないのに、この人には嘘は通じない。だろう。俺は返事ができなかった。初めて隣の人は首だけこちらを向き、頬を上げてにっこりと笑う。目元の皺が目立った。

そのままその人は目にも止まらぬ速さで駆け出す。燕尾服の裾だけが揺れているのだけが見える。

「はっきりしているのは、“われ思う、ゆえに我あり”!貴方の魂だけです!貴方の中にしか、哲学は存在しない!」

どうやらとても喜んで走っていった男性の声を、天の声は追いかけた。

“彼は「自らを疑えば自らを発見する」と言った…自らの力で発見したのだから…ヒトは決して譲らぬ…それはなぜだ?”


俺はそれらを聴いた上で、一気に力が抜けてくずおれそうになった。両腕が前に垂れていく。


確かに学校で聴いたことだし、ものすごく分かり易い。だからって…俺の胸に小さい雲が生まれた。俺はそいつを見詰める。言葉が勝手に湧いてくる。

“俺は疲れているんだよ!”

“なんだこの人たちは人の事情も知らずに次から次へと!”

“えらっそーに!分かりきったことをいちいち難しくしやがって!”

そう思った俺の胸は、我知らず見つけたわがままな怒りで空へ近づくように反っていく。迷いようもない。

俺は一気に頭を地面にぶつける勢いで、怒鳴った。

「うるせー!」

その俺の叫び声に小さなピアノが混じる。

「な、なんだ?なんだ?」

ピアノの小さなメロディーにドラムがリズムを付けているのに、どこを見ても楽器なんてない。さっきの三人は俺を見ていた。


「導くのだ」

老人はぼろ布のまま天へ手を差し上げ。

「理性と経験により」

机の向こうからスーツの男性はこちらを睨みつけ。

「自らを疑いなさい、少年!」

どこまでも腕を振り上げ誇る自由な若者。


雷のようにピアノが響く。それなのに、俺は理解した。

「わかった。これ…」

虹色の光が誰かにふうっと吹き消される。


目を開けると、耳元で鳴っていたベン・フォールズ・ファイブの“フィロソフィー”が鳴りやむ。スマホの着信だったみたいだ。そういえば着メロはフィロソフィーだった。哲学なんか取ったから。

めくるめくピアノに連れられて、バンドサウンドが旅をする。今ならそれが理解できる気がした。

「夢…にしちゃずいぶん…学者だよな?全員実在の…まあ…今のが本当なら…」

「3+3だって厳密にすれば、立派な答え、か…」

それは“誰でも知ってること”じゃなかった。急に胸が寒くなる。でも、まだ負けたくない。俺は両手を振り上げた。

「書けばいいんだろ書けば!」

そしてレポートを拾い上げ、瞼にぎりりと力を込めて目を開くと、一秒を惜しんでシャープペンシルを探した。



間もなくできあがるレポートは、奇妙なほど優秀なはずだ。そりゃそうだ。答えを恐らく俺は天国の彼らから一度だけもらえた。そして彼らは「探し続けて」と訴えた。

すると急に空腹になり、俺は戸棚のラーメンを思い浮かべる。誰かが言った。

“身体を満たしてからロゴスは立ち現れる”

“健全な身体は理性を冴え渡らせるのだ”

“生きることです”

融和していく学問と生活。居心地が悪いはずのものなのに俺は満足して空腹を迎えた。でも戸棚の中身を覚えていない。

「あれ、味噌ラーメン…まだあったっけ?ラーメン食いながら一旦音楽聴こ…」

“はーあ。俺はまだ、疑うことしか知らないでラーメン呑気に食ってんだろうね。ってか!あのレベルにならなくてもいいだろ!?”

そう思いはしたものの、胸が少しドキドキしていた。




End.
作品名:夢じゃない哲学 作家名:桐生甘太郎