人はなぜ座るのか
人はなぜ座るのか。
もちろん、椅子があるから、という答えもある。が、それだけでは説明がつかない。椅子のない時代だって、人は座った。石の上でも、草むらでも、まあ、とにかく座った。
立っていると体力を使う。重力という名の鬼が、背中を押し、脚に圧力をかける。人はそれに逆らい続けるほど意地っ張りでも、やがて座る。座ると不思議と、腰も心も安らぐ。立っていると「働け働け!」と命令されている気がするが、座ると「少し休んでいいよ」と自然が許してくれる。
座ると、世界が変わる。テーブルがあれば、そこは作業場。スマホがあれば、そこは情報の海。仲間がいれば、そこは議論の場。たった一つの座る動作が、人間社会のほとんどを作り上げたと言っても過言ではない。…いや、やや過言かもしれないが。
そして座ることは、人生のスイッチでもある。立っているときは「動く人」、座ると「考える人」、横になると「もう何も考えない人」。つまり、座ることは文明の象徴であり、同時に怠惰の象徴でもある。考えるふりをしながら、実は昼寝したりする、あの究極の二重生活こそ、人類最大の発明だ。
結局、人は座る。なぜなら座ると世界が少し面白くなるから。立っているだけでは気づかない、足元の草の匂いや、隣の人のスマホ画面のスクロールの妙味。座れば座るほど、人生は味わい深くなる…まあ、座りすぎるとお尻が痛くなるけど、それもまた人生。