藍―deep blue in deep down―
僕はまた海に来ていた。自分の開いた穴をふさぐ何かを求めるように。
「今日は静かだね」
海は答えない。
「僕も、ここにいて良いかな」
海辺特有の軟らかな砂に足を沈めながら、海に寄る。
じん、と冷たい水が服に、皮膚に染み込んでくる。
ゆっくりと体を海に浸していく
「僕は、何をすべきかい?」
海は答えない。
「このまま、消えたほうがいいのかな。君とひとつになって…。君に抱かれて…。」
海は答えない。
ゆっくりと、体をうつ伏せていく。
体の中に残っている空気を全て吐き出していく。
体は重く、沈む。
目を開く。移るものはぼやけた海中。夜だから何も見えない。
そんな闇の中に、彼女の顔がよぎった。
彼女のくれた言葉は、温かかった。
ぼやけてはっきりとは思い出せないけれど。
「***君。私はあなたが好きです」
こんな僕をかい?
「私はあなたが好きなの。あなたの大切なものを『こんな』、なんていわれたらどう思う?きっと傷ついちゃうよ…。だからそんなこといわないで」
そんなに綺麗な笑顔、僕にはもったい…
彼女はその先を言わせてくれなかった。僕の唇を唇で塞いだから。
嬉しかった。初めて鮮烈にそう思った。
次の瞬間、浮かんだのは紅い、紅い…血。
彼女は遠く離れていく。とても追いつけないスピードで。
手を伸ばす。届かないと知っていても。
彼女を失った。その事実を、今このときまで忘れていた。理由は分かっていた。
逃げてたんだ、ずっと。怖かった。初めて感じたぬくもりが遠ざかるのが。
ゴボゴボ
残っていないはずの空気が口からもれ出る。
藍一色の世界は、変化していく。
ゆっくり、ゆっくり、体を持ち上げる。
「消える、のは、少し早かったみたい」
苦笑する。
「…そろそろ行くよ。今まで見ててくれてありがとう。」
彼女のくれた思い出を胸に抱えてなら、きっと前に進める。一人でもきっと。
逃げるのはいい加減やめることにした。
僕は、彼女の生きられなかった時間の中にいるんだ。
なら、きっとまだ可能性はあるのだから。
前へ、進もう。
作品名:藍―deep blue in deep down― 作家名:紅蓮