一両の小説
一両の電車の中で
どれだけの言葉が流れていくのだろう
誰かが小さくつぶやく「ごめん」
子どもがはしゃいで言う「見て、これ!」
携帯の画面越しに響く「今どこ?」
笑い声が
ため息が
沈黙さえも
この車内の空気に、そっと混じっている
毎日ここでは、
名もなき小説がいくつも紡がれている
ケンカの始まり
仲直りの瞬間
再会のときめき
別れの予感
ページはめくられ
物語はすぐに消えていく
夢幻(ゆめまぼろし)のように
だけど私は思う
この一両の電車は
今日も何百冊もの言葉の物語を
見えないインクで走らせているのだ
読んでみたい
だれかの 今日の章を
きっと、私の物語とも
どこかですれ違っている