壁
人が集まる場所には、
いつもひとつ、黙って立つ壁がある。
駅の改札横、ショッピングモールの角、
カフェの裏手のレンガの列。
その壁は、いつも温かい。
冬でも、朝でも、夕暮れでも。
なぜなら
誰かがもたれているから。
待ち合わせの人、
スマホに夢中な人、
疲れた足を、ひととき預ける人。
壁は、しゃべらない。
押しても、引いても、何も言わない。
でも、
毎日たくさんの背中に触れられて
ぬくもりを知っている。
本来の役目は、支えることだったかもしれない。
でも今は、寄りかかることを許す存在として
そこに、ただ立っている。
人々の一瞬の安らぎを受け止めながら
「今日もおつかれさま」と
心のなかで、つぶやいているのかもしれない。
だとしたら、
この世界には思っているより
やさしさが、静かに立っている。