小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

僕の好きな先輩

INDEX|1ページ/1ページ|

 
1.
 待ち合わせ場所のコンビニに向かうと既に先輩はいた。どこかで見たようなミッドナイトブルーに塗られたマーチに寄りかかって紫煙をくゆらせているところだった。
「お疲れ。遅かったじゃないか」
「すいません、案外片付けに手間取りまして」
「まぁいいさ。夜は長い」
吸うかい、と先輩はラッキーストライクを一本差し出してきた。
「いいんですか、ちょうど切らしてたんで嬉しいですけど」
「ニコチンをチャージして脳を活性化させておきなよ」
 ついでに私ももう一本吸うからねと、先輩も何本目かの煙草に火を点けた。
「さて、それじゃ軽く聞かせてもらおうか。噂の『地獄谷の放火された家』とやらについてね」
 その夜の僕達の目的、それは市内の心霊スポットに向かうことだった。

2.
 先輩こと黒井真子、正確に言うならば別に彼女は学校の先輩でも職場の先輩でもない。ただ先輩と呼びたくなるような迫力・胆力のある人物だから僕が勝手にそう呼ぶようになった。先輩と呼び始めた当初は「その呼び方やめてくれないかね。先輩と言うなら君の方が社歴長いんだぜ」と訂正されたものだった。年も二つしか変わらないのだし・・・といじけたりもしていたが、僕は止めなかった。
 彼女は当時僕が務めていた介護施設に派遣社員として来ていた人物で、配属のフロアは違ったので直接一緒に仕事をすることは最後までなかったが、喫煙所で度々顔を合わせていたので、何くれとなく会話をするようにはなっていた。彼女の不思議な力、並びにその胆力を目の当たりにしたのは、ある夜勤中のことだった。

3.
 僕が当時働いていた施設は所謂『出る施設』であり、というか出ない施設や病院なんてあるのかは疑問ではあるが、中でも深夜、夜勤中となると度々おかしな出来事が起きるのだ。食堂のテレビが突然点く、空き部屋や浴室からナースコールが鳴る、誰もいない廊下に杖をつく音がするなどなど、僕が体験しただけでも幾つもある。
 なるべく仕事中におかしな出来事があっても極力気にしない・気付いていないフリをするようにはしていたのだが、その夜はしつこいとしか表現しようがない頻度で無人の浴室のナースコールが鳴っていた。念のため確認に向かい止める。しかし数分するとまた鳴るという始末で、手を焼いていた。一旦廊下に出て事務所にいる宿直員に電話して元電源を落としてもらおうかと思案していると、さすがに鳴り続けるナースコールに異変を察知したのか、渡り廊下を挟んだ向かいのフロアの夜勤職員がやって来た。
「お疲れ。なんだい、今日は君も夜勤か」
 現れたのは彼女、黒井真子だった。手にはぽたぽた焼きの袋を持っていた。
「黒井さん、ちょっとおかしなことになってまして・・・」
「大丈夫、なんとなくわかってるから。まぁ一つあげよう」
 彼女は全く慌てる様子もなく呑気に煎餅を手渡してきた。
「井荻くん、君のフロアだけど、ここんとこ立て続けに亡くなってるだろ?まだ片付け済んでない部屋ある?」
「・・・よくわかりますね。僕のこと頭おかしい奴だと思わないんですか?」
 弱々しい僕の言葉に彼女は笑った。
「思わないよ。あるあるだろ?この商売のさ」
 そしてまたナースコールが鳴り、彼女が舌打ちする。
「アホが。まだ彷徨ってる間抜けがいる。やかましくて仕事になりやしない。業務妨害もいいとこだよ。ちょっと待ってな」
 言うが早いか、何かを取りに彼女は真っ暗な廊下の先に消えていった。その時の僕は彼女のフロアの電気が全て落とされ、完全な漆黒の空間と化していることに気付いていなかった。

4.
 戻ってきた彼女の手には数珠が巻かれ、脇には塩の袋を抱えていた。
「まさかそれでやるんですか?」
「そうだよ。業務妨害するバカを追い払う」
 大股でナースコールの鳴り響く浴室に入っていき、何言かは聞き取れなかったが、確かに彼女が念仏かマントラのようなものを唱えるのはわかった。その瞬間より一層ナースコールの音が大きくなったような気がしたが、その次の瞬間、
「喝ッッッッッ!!!!!」
 とんでもない声量の怒声と共に塩の袋を鏡に向かってブチ撒けた。塩が直撃したからではないのかわかる、が、破裂するように鏡が砕け散った。
「やかましいぞ、死人が囀るな」
 再度ドスの利いた声で静かに一喝、辺りには静寂が戻った。彼女は深呼吸した後、
「井荻くん、こういうのはね、ビビったりナメられたりしたら負けだからね」
 そう言って笑った。それじゃ悪いけど片付けは頼むねと、戻ろうとする彼女を呼び止めた。
「黒井さん、これは霊的な何かのアレなんですか?」
 我ながら語彙力皆無の質問だったと思う。しかし彼女は決して笑わず、
「そうだよ。死んだことすら忘れて夜中風呂に入ろうとする耄碌ババアがいたのさ」
作品名:僕の好きな先輩 作家名:黒子