サボテンと檸檬
ヒボタン
そのサボテンには「緋牡丹」という正式名称が付いていた。
私の中でのサボテンのイメージは緑色だったため、
最初は赤色の鮮やか先端の見た目に少し戸惑いを感じてしまったが、時間が経つにつれまるで新しい生物と共に生活をしているように思えてきて、次第に慣れていった。
そんなことを考えていると、ふと、健ちゃんと駅の改札で待ち合わせをしたあの日のことを思い出した。
「本当に借りちゃっていいの?」
「うん、いいよ。」
高校の卒業式以来に会った健ちゃんは髪が肩に着くまで伸びていた。
綺麗な顔立ちなので女の子と間違えてしまうくらい似合っていて私は数秒見惚れてしまった。
黒い大きなリュックを背中に背負い青色のヘッドフォンをゆっくりと外しながら
「久しぶり。元気だった?」
懐かしい声が耳の奥に鳴り響き、胸が締め付けられた。
私は『健ちゃんは?』と質問に質問を重ねやっとの思いで返事をした。
健ちゃんと居られる限られた時間の中では、自分の話など世界一どうでも良いものだった。
「まあまあかな。実里は、ちょっと痩せたな。ちゃんとご飯食べてる?」
食べてるよ、と買ったばかりのスニーカーを見つめながら小声で呟きサボテンが入っている紙袋を預かった。
半年ぶりに会えた嬉しさよりも彼女と別れたばかりの彼の気持ちばかりを考えてしまいほとんど顔を見ることが出来なかった。
私は『またね。』と軽く手を振りその場を後にした。
家に帰るとさっそくサボテンを自分の部屋の窓辺に置いた。
今までこの部屋には無かったものがあるという事実、そしてこれは私の知らない【オンナノコ】の愛情で育てられた大切なモノ。そう考えると、それが自分の部屋にあるという光景にとても違和感があった。