最後のヒコウキ
ぼくは敵対集落との戦いでの勇敢さを認められ、褒美として大人と同等にツツミ様に面会してそのお言葉を聞くことが許された。ツツミ様はアケビの蔓を編んで作った座椅子に腰かけて何かをじっと見つめていた。
ぼくは子分たちを集めて言った。
「お前たち、本というものを知ってるか? 本はたくさんの四角い木の葉がぺっぺっと貼り付いていて、ぺろっと捲ると、お、なんと小さい虫みたいな模様がたくさんあるんだ」
「おおお! そんな奇妙なものがこの世にあるのか」
「うん、ツツミ様がお持ちだ。それはもう不思議なものだったよ。その細かい模様をツツミ様が見ると頭の中に考えが浮ぶそうだ。なぜなら本の中にはたくさんの考えが蓄えられているからとのことだ」
「でも、そんなことをなぜ?」
「ツツミ様が言うには、本の中には良いことがたくさんあるそうだ。例えば、争いごとを話し合いで止める方法、洪水を無くす方法、病気を無くす方法、それから空を飛ぶヒコウキというものの作り方も」
「え! 鳥みたいに空を飛べるのか? ぼくたちも空を飛んでみたいものだ。ぜひツツミ様からヒコウキの作り方を教えてもらってくれよ。一生お前の子分になるからさ」
ぼくは空を飛ぶことに胸を膨らませた。空を飛んでみんなを見下ろしてみたい。子分も増える。ライバルを押しのけて将来的には村長になるのも間違いない。そして美しい娘を妻にするのだ。
ぼくはツツミ様に尋ねた。
「ツツミ様、ヒコウキとはどのような形をしているのですか?」
「うーん、簡単に言うと胴体に翼が付いている」
ぼくは早速、放し飼いにされている鶏の翼をもぎ取って丸木舟に取り付け、子分たち全員を乗せて叫んだ。
ヒコウキよ 飛べ!
しかし何も起こらなかった。ぼくは再びツツミ様の元を訪れた。
「ツツミ様、どうかヒコウキを飛ばす呪文をお教えくださいませ。形はできたので、正しい呪文さえあれば飛ぶのです。本のお力をお与えくださいませ」
「うーん、ヒコウキというものは呪文で飛ぶのではない。エンジンが無ければ飛ばないのだ」
「そうだったんですね。よくわかりました。ありがとうございます」
ぼくたちは畑のニンジンを掘り出してヒコウキに縛り付けた。
しかし飛ばなかった。
霊鳥の力を借りたらどうかという意見が出て、山に登り、見慣れない鳥の翼を得て取り付けた。しかし飛ばなかった。
「最後の手段だ! 生贄を捧げよう! ヒコウキは機嫌を直して飛ぶ!」
豚が断末魔の悲鳴を上げ丸木舟に血を流した。しかし、飛ばなかった。
「何でヒコウキが飛ばないんだよ! 豚を盗んだことはバレたら追放か村八分じゃないか! お前がちゃんとツツミ様のお教えを伝えてくれないからだ。もうやってらんないよ」
みんな無口になり、豚を解体して食べた。翌日になって、ぼくは知った。子分全員がライバルの子分になったことを。もう何を話しかけても口をきいてくれなくなった。女たちが遠くからぼくを指さして笑っているのが見えた。
ぼくは再びツツミ様にお会いし、涙を流しながら叫んだ。
「ツツミ様、丸木舟に鶏の翼とニンジンを取り付けました。霊鳥の翼も付けました。生贄も捧げました。でもヒコウキは飛びませんでした。私の面目は丸つぶれです。どうかツツミ様の本のお力を持ちまして私のヒコウキを飛ばしてくださいませ。私はヒコウキに命をかけております」
「うーん、気の毒だがその方法は根本的に無理がある。諦めなさい」
「ではなぜミライビトの作ったヒコウキは飛べるのでしょうか?」
「うーん、それをわかりやすく説明することは難しい。流体力学に基づき、総重量を上回る揚力を翼に発生させないと飛ばないのだ」
「私は絶対に諦めません! リュータイリキガクですね。私はそれにすべてをかけます」
滝のように涙を流しながらツツミ様の小屋を退去した。ヒコウキを担ぎ上げて走り始めた。松林を駆け抜けた。急斜面を駆け上った。高い崖の上から助走を付けてヒコウキと共に宙に飛び出した。そして叫んだ。
「ヒコウキよ、飛べ! リュータイリキガク!」
遠くの海が光っていた。
どこまでも続く青い空。
炊事の薫り。
そして強い風が吹いた。
「強い気持ちがあればできないことなんてない!」
丸木舟は私と共に空を飛んでいた。
村人たちの称賛の声が聞こえたような気がした。
「見ろ! ヒコウキが空を飛んでいるぞ! すごい!」
「ツツミ様! ありがとうございます。ぼくは人生の最後に空を飛ぶことができました。一瞬のことだったとしても悔いはありません」
ぼくは地上に向けて一直線に落ちていった。