視点と視線
締め飾りもとうに付け終え、あとは子どもたちの帰省と新年の到来を待つだけだ。
アラフィフの僕と妻は、その日やっとこさ特別な肉体労働を片付け、リビングでゆったりと夜を過ごしていた。
この年も、暦がほどなくひと巡り。太陽の周りを、地球がほどなくひと巡り。
二〇二四年は、社会的には、某日本人メジャーリーガーの活躍とそれに伴う騒ぎによって記憶される一年になったと言っていいだろう。
僕は余技で書いている小説のアイデアを探しながらノートPCをいじっていて、彼女は何かの大型本を読んでいた。
「あのさ」
おもむろに、僕は彼女に話しかけた。
「……ん?」
「データを整理してたら、君が僕に告白してきた時の写真が出てきた」
彼女は、首と目をちょっと動かして僕を見た。
「AIにでっち上げさせたの?」
「語弊がある」
僕は笑った。
AIに作らせたと考えるのは、至極もっともだ。
告白は、既に三十年以上も前……僕たちが中学三年生の時の、バレンタインデー。当時は携帯電話も、スマートフォンも無かった。誰もがいつでも、どこでも写真や動画を撮って見せ合うなんて、これっぽっちも考えなかった。
しかしそんな未来が到来し、何とAIに作らせる技術すら普及。
あれから僕たちは、ずいぶん遠くまでやってきた。
「ちゃんと事実のとおりだよ。見る? 君が真っ赤な顔してる」
「真っ赤な顔したのはあなたでしょ」
彼女も笑った。
事実としては、僕は僕自身の顔を見られず、彼女の顔だけを一応見られた。彼女は彼女自身の顔を見られず、僕の顔だけを一応見られた。まあそういうことだ。
「あの頃君はピュアだった。ピュアな待ち伏せで怖かった」
「人聞きの悪い」
……青空が広がっていた、あのバレンタインデーの朝。
僕が中学校への通学路をいつもどおりに歩いていると、クリーニング屋のところに、「うち」の生徒らしき女子がひとりたたずんでいるのが見えた。それは当然、僕と何の関係も無いと思われた。ところが驚かされたことに、その子は僕に近寄ってきて、卒業する前に伝えたかった、と切り出したのだ。
平均的な背丈。おかっぱにした髪。
目がきれいな女の子だと、僕は思った。
あの日は水曜日だった。僕はその夜、拳法の道場に行く前にドラマを録画するところ、告白のせいで平常心を失ってビデオテープの交換を忘れた。そういう些事も、無駄に記憶に残っている。
ちなみに、高校を卒業するまでに一度別れ、社会人になって再会し……というのがその後だ。
「まあ見てみてよ、出来がいいから。ふたりとも青春してて、キラキラしてるのが見られるから」
「そんなに見てほしいの? どれどれ……」
彼女はやってきて、僕のそばで画面をのぞいた。
僕は言った。
「実はAIじゃなくてさ」
----------------------------------------------------------------
Voyager 1’s Pale Blue Dot - NASA Science
ボイジャー一号のペイル・ブルー・ドット‐NASAサイエンス
https://science.nasa.gov/mission/voyager/voyager-1s-pale-blue-dot/
What is the Pale Blue Dot?
ペイル・ブルー・ドットとは何ですか?
The Pale Blue Dot is an iconic photograph of Earth taken on Feb. 14, 1990, by NASA’s Voyager 1 spacecraft.
ペイル・ブルー・ドット(淡い青色の点)は、一九九〇年二月一四日にNASAの宇宙探査機ボイジャー一号によって撮影された地球の象徴的な写真です。
(※著者注 ノベリスト様では画像を貼れるようになっていません。画像を NASA ドメインにてご確認ください:
https://science.nasa.gov/wp-content/uploads/2024/04/pale-blue-dot-revised.jpg?w=768&format=webp
)
Voyager 1 was speeding out of the solar system — beyond Neptune and about 3.7 billion miles (6 billion kilometers) from the Sun — when mission managers commanded it to look back toward home for a final time.
ボイジャー一号は、太陽系から高速で離脱する途中――海王星の外側、太陽から約三十七億マイル(六十億キロメートル)離れたところ――で、ミッション管理者から最後にもう一度地球の方角を振り返るよう指示されました。
Voyager 1 was so far away that — from its vantage point — Earth was just a point of light about a pixel in size.
ボイジャー一号は非常に遠くにあったため、その位置から、地球は一ピクセルほどのサイズの光点にしか見えませんでした。
----------------------------------------------------------------
同ウェブページによれば、撮影時刻はグリニッジ標準時における早朝四時四八分。厳密に計算し切れないが、日本との時差と光の速度時速約十億キロメートルを勘案して、ひょっとすれば非常にいい線を行ったかもしれない。ボイジャー一号は、やっとこさ届いた残像を撮ったのだ。
「……老眼が入って、遠いほどはっきり見えた感じ?」
彼女が僕をからかって笑って、僕も笑った。
「だったりして」
続けて、彼女はつぶやいた。
「若いふたりのほっぺたが、どうしようも無く真っ赤だね」
画面を見つめるその目が、当時と変わらずきれいだった。
(了)