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Pit of despair ~ 絶望の窪み ~

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ココッ……。ココッ……。
 初夏の昼下がり、郊外。半袖とハーフパンツでジョギングしていた丸尾太郎四〇才独身は、小さな異音を聞いて、その発信源であろう側溝の中を覗き込んだ。
 ……そこには、一匹のカメがいた。体長三〇センチメートルほどのクサガメが、幅・深さともに一・五メートルほどの乾いた側溝の底を、腹部をコンクリートにこすらせながら一生懸命にはっていた。
 季節的には、産卵場所を探しているのだろうか。ノロさの代名詞のような歩みでどれだけ腹部をコンクリートですり減らせば、この側溝を脱け出て目的地に着くのだろうか。コンクリートの側溝は、全てヒトの都合でできあがっているのだが。
 地元民のひとりである丸尾は、平面移動しかできないこの生き物の末路を案じた。Pit of despair……絶望の窪み。
 丸尾は軽やかに側溝に降りて、それを、間違った場所から片付けた。
「オレみたいなヒマ人がいてよかったな」
 引っ込んだ顔に向かって笑いかける。
 それから側溝を出て、クサガメを抱えて歩き出す。コースも変更して、目的地は川の土手だ。
「某TVゲームの主人公みたいだな」
 そんな自嘲も面白い。
 時々クサガメが顔と手足を出してもがき、そのたびに顔をつついて引っ込ませ、そんなことを繰り返しながら一〇分ほどで目的地、地元の川――幅も深さもそれほどではない、二級河川――の土手に着いた。
 ジョギングシューズに泥が付くのがおっくうだが、水際まで行って、クサガメをそっと置いてやる。
「もう側溝になんて迷い込むんじゃないぞ。……じゃあな」
 丸尾が言うと、何とクサガメが首を曲げて人語を発した。
「ありがとうございます。お礼に、あなた様をお城へご招待します」
「オ、オマエしゃべれたの!? ってか、こんな二級河川で某昔話!?」
 丸尾は驚いて、しかし冷めて続けた。
「でも、お礼はいいよ。だって、何かものすごい速さで時間が流れるんだろう?」
 クサガメは、ゆっくりとした口調で答えた。
「いいえ、そんなことは決してありません。安心して私の背中にお乗り下さい」
 丸尾は幸か不幸か特に予定も無かったので、いぶかしみながらもクサガメの言葉に従った。
 それは大人が三輪車に乗るような姿だったが、クサガメは小さな体で力強く歩き出し、力強く泳ぎ始めた。
 そしてたちまちに、大したことの無いはずの二級河川の中に夢幻の世界が広がって、それっぽい門を持つそれっぽい城に着いた。
 番をしているフナに名前を答え、門をくぐる。
 ……城の奥へと進みながら、丸尾は期待に胸を躍らせた。
 ああ、このクサガメを助けて本当によかった。善行は報われた。この先に、乙姫様?がいるのだ。美しい姫が、自分をもてなしてくれるのだ。
 丸尾がついに広間に着くと、はたして、頭にターバンを乗せたカメがぽつねんといてこう言った。
「THANK YOU MARUO! BUT OUR PRINCESS IS IN ANOTHER CASTLE!」

(了)