ボクとキミのものがたり
「晴れやかな空。ヒラヒラ わたくしはモンシロチョウでございます」
「え、なにそれ?」
「そう言ってるの 聞こえない?」
「聞こえないなぁ」
「ヒラヒラ、ヒラヒラ さぁ、わたくしの可憐なモンシロダンスをご覧あれぇ」
キミが、ヒールの踵を上げ、つま先でひと回りしてみせると、柔らかなスカートが、蝶の薄羽のように広がった。
「気持ち良さそうだね。で、これからどちらまで?」
ボクは、行き先もわからず、キミの楽しそうな様子を眺めながら歩いた。
「このルートはいつもわたくしが飛ぶコースなのよぉって、実はね。この先の図書館へ行こうと思うの。通信教育だけど、私もときどき 資料を見に行くのよ」
ここは街の中なのだけれど、歩道の脇のいろんな花を観ながら歩くキミの足取りは、やっぱり蝶のように軽やかに弾んで見えた。
本物のモンシロチョウはといえば、キミの演技などおかまいなく、ひらひらぱたぱたと、とまる所もなく羽ばたいて道の向こうに飛んでいってしまった。
「街の中は、あんまりお花が咲いてないんだものね」
ボクは、目の前にたくさん咲いている花を見て不思議に思った。
「知ってる? モンシロチョウは、キャベツが好きなのよ」
「そうなの? 黄色いのも?」
「モンキチョウ? あれは、クローバー、しろつめ草が好き」
「じゃあ、キミは?」
キミは、息をすっと吸って 今にもその言葉を発しそうに見えたけれど……残念。はにかんだ笑顔に変わっただけだった。
「詳しいんだね」
「小さい時に、買って貰った図鑑を見るのが好きだったから、覚えていただけ」
そんな事を話しながら、歩いていると、図書館はもう間近に見えてきた。
「ずいぶん大きな木ですね」とキミは 見上げる。
ボクは、まだ館内に入ったことがない。
ボクが、初めて此処に訪れたのは、中学生の頃だっただろうか。
夏の日に 友人とプールに出かける待ち合わせをしたのが、此処だった。
その時は、この木のことなど、意識したかどうかは もう忘れてしまったけど、既にこの大きな建物が見えにくくなるほどの木だったように思う。
作品名:ボクとキミのものがたり 作家名:甜茶