ボクとキミのものがたり
「私、春から学校へ入ります」
学校?と思わず聞き返しそうなボクだったが 言葉を抑えた。
「父が、事業を始めるにあたり、私に秘書をしないかという話になりました。前のような大きな会社ではありません。会社といえるかどうかもわからない出発です。前のお仕事の時は、お父様、あ、父は忙しくてわたしとお話しすることも少なかったけれど、今回、いろいろ話ができました。あなたのことも。驚かれてしまったし、お小言も言われてしまったけど、携帯のお写真を見せたらうっすら覚えていたようです。申し訳ないと伝えて欲しいと。その話の中で、あなたのお仕事のことが気になったようです。どういう伝手か わたしよりも父の方が知ったようです。数日後、父が事業の話をして・・・」
ボクの不安が、胸に広がっていくのがわかる。首筋にきゅーんと体液が逆流するような感覚と周りに妙な静けさを感じ、キミ以外の景色に紗が掛かっているような緊張が迫った。
「もう、何処かへ行ってしまうのかなぁ」とボクの口は、勝手に心を呟いた。
キミの凛とした顔つきが 一瞬曇った。図星。命中。ど真ん中だったか。
キミの目元が優しく微笑む。(そんな目をするなよ)
「にゃん」
キミは、息を整えると、またさっきまでの表情に戻った。
「秘書技能検定を修得すること。これは学校って言いましたが、通信教育講座で取ります。ほかに接遇マナーに通じる習い事。それからお料理。それから……、いっぱいあるけど、きちんとできるなら あなたとの交際も認めてくれるって、父が申しておりますが如何でしょうか?」
「はい、それはもう…って。えっ!?」
ボクの表情が、可笑しかったのだろうか、キミの目が夜中の猫のようにきらりと煌めいたかと思ったら、目元を細め、下唇を僅かに噛んだキミのはにかんだ笑顔に変わった。
作品名:ボクとキミのものがたり 作家名:甜茶