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ただの箱だった。
大小ある壁や扉で仕切られた空間。ボクの暮らす部屋。ボクのリビング兼仕事場。
いつからこの部屋を『独書室』と名付けて・・・いや看板を付けたわけではない。ボクの心の中だけの話だ。キミと選んだ奇怪な模様のカーテンもいつしか変わってしまった。
机の上の原稿用紙とお気に入りの万年筆をそのままに その部屋をぐるりと見渡すボクが居る。

あの季節外れの大雪の日。届いたのは 内定取り消しの通知。会社が破綻したからと事情はボクの範疇ではなかったものの これから明るく暖かな春を待つボクの心は折れた。そして 羽の折れたエンジェルが舞い込んだ。いや まだ天使とも悪魔とも何者ともわからないキミだった。あの時は、自身の事よりも 人助けでもすれば温かくなるだろうか?と
行動していたボクだったが こんなに こんなに こんなに・・・それ以上の言葉をつけられないくらいキミが ボクを救ってくれるなんて思いもしなかった。
今も部屋の様子は ほとんど変わっていない。フローリングの床の敷物と座卓テーブル。
キミの居場所だ。
想い出に色褪せない 昨日のことのような鮮明な出来事ばかり。ボクの眼には 部屋のそこにも あそこにも そして、ボクの膝の上にも いくつもキミが部屋に溢れている。
あ、ほら・・・ 今キミとキミが ぶつかった。なんてことはないのだけどとボクはにんまり笑う。
こんな顔キミには見せられないな。
「にゃあははぁ」とボクのことをのぞき込んで見てくることだろう。

ふと思い返す年月? えっと どれくらいだっけ? いや本当はわかっている。
キミが 知らないふりをしているから ボクも数えない。
でも 何度も聞いた『にゃん』の表情のコレクションは ボクの作品よりもはるかに上回る。今度のキミは どんな声で どんな表情を見せてくれるかと楽しみなボク。
待て待て・・・
あの言葉もだったらどうしようか? たぶん天地の神々が認めてくれないかもしれないぞ。

この空間に キミはいない。

たぶん今日は来ないだろうな。ご両親との時間をいっぱい過ごしているのだろう。


机の上の小さな小箱。
ボクの気持ちを形にした指環が入っていた。
キミをずっと守ると誓った。けれど、ボクはずっとキミにつつまれている。
中に指環は キミの指にはまっているかい?
「ここに帰って来るからここに置いておくにゃ」
そう言ってくれたキミに早く会いたい。
キミはこの小箱に ボクごとを入れてくれるかなぁ。

これからは ボクとキミの箱なんだ。
もう哀しい真っ白な雪景色ではないくらいキミの彩(いろ)の広がった空間になった。
どうしよう・・・ ボクの瞼の雪がとけて流れてしまいそうだ。
可笑しいな。キミがいないからこっそり零してしまおう。
見慣れた部屋を見ているだけなのに……。
ただそれだけなのに……。



     ― 了 ―


作品名: 作家名:甜茶