幸せの鳥(続・おしゃべりさんのひとり言150)
幸せの鳥
ある春の午後、僕は用事で福井県の小浜市を車で走っていた。
助手席には妻。でもスマホを見てる。最近は暇つぶしには、マンガを読んでることが多いようだ。
僕は運転中、メタルを聴いてることが多いから退屈はしない。
山間に向かって道路は細くなり始め、周囲に田植え前の水田が広がっていた。
その道筋で、直角に近いようなカーブが短く連続し、僕はそこで急に減速を余儀なくされると、ちょうどそのカーブを抜けたところの路肩に停められた乗用車から、カメラを抱えた男性が降りてくるところを目撃した。
相手も慌てて立ち止り、僕の車の通過を待った。
(写真を撮るんだな。立派なカメラだ。何を撮るつもりだろう?)
僕は道路の反対側の水田をみたら、大きな鳥が二羽、道路から10メートルほどのところに留まって、水中の何かを狙っているのが見えた。
「あっ! ツル!」
思わずこう叫んでしまった。
僕は結構、野鳥が好きで、写真を撮りに行ったりもしてました。
プロが持つような大きなカメラではないですが、手軽なミラーレスで高性能レンズの小型カメラに拘ってて、あっちこっち世界中でいい写真を撮って残したい派です。
一眼レフカメラは、娘の誕生日にプレゼントしてしまったけど、自分ではあんな大きなレンズ、邪魔で持ち歩くのは嫌なんですよ。
そして鳥ってのは、まったく撮影が難しいです。近寄ると逃げるでしょ。当たり前か。
つまり望遠レンズを使うことになります。
白鳥やいろんな種類のカモの群れ。大空を舞うイヌワシを狙って、撮影に遠くまで足を運ぶこともあった。
近所の里山ではモズ、メジロ、ツグミ、ヤマガラ、コゲラなんかを狙っても、納得のいく写真を撮ったことがありませんが、素人なりに楽しんでいます。
でも写真撮影に興味はあるのに、本気にはなれないんです。それが一眼レフカメラを持ち歩かない理由です。
よく考えるといろんな種類の鳥を撮影してました。写真撮影より野鳥が好きなんだなって、改めて思います。
例えば、田んぼでよく見かける鳥で、サギくらい誰でも知ってるでしょ。でもその種類を見分けられますか?
誰でもシラサギやアオサギくらいなら一目瞭然でしょうけど・・・ん?シラサギ? そんな名前のサギいませんでした。
それは白っぽいサギの総称で、ダイサギ、チュウサギ、コサギくらいを白鷺(しらさぎ)と呼んでる人が多いだけです。
でも、チュウサギにコサギまで、大中小、見分けられる人って、どんなもんでしょう。
他にもクロサギ、ゴイサギ、ヘラサギ、アマサギ、etc.もっともっと種類がいます。
僕にはそれらの見分けもつきます。いつの間にかそんなこと知ってしまってるんです。
珍しい鳥を見ると、すぐにその名前や種類を調べますし。
でもその僕でも、あの水田に立つ二羽の大きな鳥には驚きました。
「え? ツル? あ、ホンマや」
妻がスマホを見るのをやめて、車外を見渡します。僕は停車しようか迷いながら、考えることがいっぱいありました。
(後方から車が迫ってないか?)
(こんな場所にツル?な、わけないな)
(今の降りて来た人はプロの写真家?)
(珍しい鳥だってことだろ?)
(迷鳥か?)
(そこらに停めて、走って戻ろうかな?)
色々考えた挙句、素通りしてしまいました。でも僕には(あれはツルじゃない)って確信があったんです。何か気になって、後ろ髪引かれる思いもしました。
羽根は白く翼の先だけ黒い。でもツルの代表格タンチョウよりずんぐりして小さく、頭頂に赤い羽根が無かったからです。
(まさか?)
僕はすぐに気付きました。
「今の“コウノトリ”や」
日本では絶滅したコウノトリを復活させようと、兵庫県豊岡市がロシアから譲り受けたつがいで、人工繁殖を試みているのは知っていました。
コウノトリはもともと渡り鳥ですから、中国やシベリアにも日本と同じ種類が生き残っていたのです。
娘が2歳の頃、家族で兵庫県の城崎温泉に行ったついでに、『コウノトリの郷公園』のコウノトリ飼育場(保護増殖センター)を見学したことがありました。娘を人工巣の模型に載せて写真撮影しました。
その当時はやっと、人工繁殖で育った成鳥を、公園周辺に放す活動が始まった頃でした。田んぼに建つ人工巣塔の上にいるつがいを見て、感動したのを覚えています。確か個体数はまだやっと数十羽に増えた頃だったと思います。
それが今では野生で自然繁殖して、その数は370羽にもなり、もう日本全国に広がり始めているそうで、遠く韓国にまで自然飛来したのだそうです。
2021年の5月には(小浜市で野外個体のヒナが誕生した)ことが確認された記録もありました。あの日僕たちは、その内の二羽を目撃したという訳ですね。
日本中のコアなファンが追跡して個体識別を行い、記録を取り続けられているようです。きっとあの時のカメラマンも、そういったチェイサーのうちの一人だったのかもしれません。
先日、また用事で同じ小浜市に行きました。
この前、コウノトリがいた水田をキョロキョロしながら運転していたのですが、またそれがいたんです。
なんかラッキーを通り越して、幸せな気分さえします。だって『幸の鳥』ですよ。
でも今度は道路からかなり離れた場所だったので、スマホでは写真が撮れないと思い、また素通りしました。
次は一眼レフと望遠レンズを持って行くことにします。
知ってしまうと、こうやってハマってくんだな。
つづく
作品名:幸せの鳥(続・おしゃべりさんのひとり言150) 作家名:亨利(ヘンリー)