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娘と蝶の都市伝説7

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睡眠不足の超粘菌たちは、目をつぶって羽ばたいた。
たちまち睡魔が襲ってくる。
破れかぶれで、眠りながら羽ばたく者もでてくる。
一人が眠れば、居眠りが伝播(でんぱ)する。

「なんだ、どうした?」
BATARAの蝶は羽ばたきながら、大きな円を描いていた。
翅部隊隊長は指を口にくわえ、ぴっぴーと指笛を鳴らした。
夢を見ながら頑張っていた超粘菌たちはぶるっと震え、目を開けた。

また必死に羽ばたく。
と、監視係が報告した。
「ニューヨークだ。ニューヨーク着きました。長老、ニューヨークです」
超粘菌たちは、いっぺんに目を覚ました。
「とうとう着いたぞ」
BATARAの超粘菌たちは、地上の景色に見とれた。
前方に、いままで眺めたこともないビル群が、凸凹になって陽を浴びていた。

〖ニューヨーク、ニューヨーク、ニューヨーク〗
「このまま、まっすぐ九十度の方向です」
「ようし、直進だ」
長老がすかさず指示をだす。

BATARAの蝶は、ぼろぼろの翅に力をこめ、羽ばたいた。
ニューヨーク湾の上空にきた。
湾の左側の岸辺の桟橋に、たくさんの大型貨物船が横腹を着けている。
その沖合には、自由の女神が沈黙の炎を燃やしている

「マンハッタンだ」
すべてがビルだった。
マンハッタン島の陸の上に、植林された森の木のようにビルが並んでいる。
ビルの重みで薄っぺらに見える島が、今にも沈みそうに見える。

「パルスの方向はこれでいいのか」
長老が通信係りに問う。
「はい。マンハッタン島を縦に突っ切っています」

島はすべて、きっちりとした縦横の道路で区切られている。
そこに巨大なビルが、ところせましと肩を寄せ合っている。
道路にはたくさんの車が走り、ビルとビルの間の通路には、どこから出現したのか、大勢の人間が動き廻っている。

ビル群を越え、セントラルパークの上空にさしかかった。
「ジャングルだ」
「緑の森だ」
「だめだ。降りないよ。目的地はここじゃない」
長老がストップをかける。

「湖もあるじゃないか」
翅の超粘菌たちは恨めしそうにつぶやき、セントラルパーク上空を通過する。
そこは湖ではなく、池である。
人々が三々五々(さんさんごご)陽を浴びてくつろいでいる。

「まだ先なのか」
「すぐこの先です」
レーダー係りが答える。
〖ニューヨーク、ニューヨーク、ニューヨーク〗
パルスだ。目的の相手からである。

「すぐこの先です、長老」
「よおし、いよいよだ」
長老の言葉がこわばる。
「直進、直進」
翅部隊隊長が声を張りあげる。

いよいよと聞いて、超粘菌たちは力を盛り返した。
羽ばたきが大きくなった。
はるか遠く、東南アジアのジャングルから、太平洋の海を島伝いに越えてきた。
アンデスの山脈沿いに北上し、カリブの海を渡り、とうとうアメリカの中心地までやってきたのだ。

〖ニューヨーク、ニューヨーク、ニューヨーク〗
「すぐそこだ」
「返答しろ」
『ニューヨーク、ニューヨーク、ニューヨーク』
BATARAの蝶も応答する。

川を斜めに横切った。
『わー、わー、わー』
人間の歓声が聞こえた。
BATARAの超粘菌たちは、身を乗りだすように前方をのぞきこんだ。

『わー、わー、わー』
声がどんどん大きくなった。
ついで、不思議な歓声が超粘菌たちの耳をとらえた。
「ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、ヤンキース、ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、パーフェクト」
パルスが斜め下からやってきた。

〖ニューヨーク、ニューヨーク、ニューヨーク〗
「すぐそこだ。全員、よーい」
長老は前頭葉の襞(ひだ)で立ち上がり、足を踏ん張った。
BATARAの紋白蝶は、声の響く建物の縁を超えた。

超粘菌たちがそこで見たものは、大勢の人間たちだった。
擂鉢状(すりばちじょう)の建物の内部にびっしり並び、声をあげていた。
「ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、ヤンキース、ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、パーフェクト」
観客たちが見守る楕円形の建物の中央部、その広いグラウンドに数人の人間がちらばっていた。

〖ニューヨーク、ニューヨーク、ニューヨーク〗
「ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、ヤンキース、ユキ、ユキ、ユキ、ユキ、パーフェクト」
長老は、はっきり見た。
そこに一人の娘が立っていた。
パルスがまっすぐ垂直に昇ってきていた。

娘の背に揺れるポニーテール。
パルスはその娘の頭のてっぺんからだ。
彼女のからだに住む微生物たちが、集団パワーを発揮し、通信を助けているのだ。
『そうだ、あのときの娘だ』
長老が低く叫んだ。
作品名:娘と蝶の都市伝説7 作家名:いつか京