成人のひな祭り(続・おしゃべりさんのひとり言135)
成人のひな祭り
♪あかりをつけましょ ぼんぼりに。おはなをあげましょ もものはな。
ひな祭りって、女性ならそれなりに経験ありますよね。
男兄弟だけだと、無縁ですよ。まったく。
いつも笑われるのですが、僕は娘が生まれるまで、てっきり(雛人形に、正座して手を合わせて拝むもんだ)と思ってたぐらいですから。
僕、男の子が欲しかったんです。
若い頃、知り合いのお坊ちゃんがすごく僕に懐いてくれてて、それで(僕も男の子を育てたい)ってずっとイメージしてました。
ところが、女房の妊娠中に「女の子ですね~」って、エコー検査で先生に言われてしまった。
その時の僕の精神状態は、頭から血の気が引くのを感じて、帰りの駅のホームを歩いている時に、気持ちがフワフワ、足に力が入らないような感覚で、線路に落ちないように立ち止ったくらいでした。
女の子が嫌だったんじゃないですよ。心配になったんです。僕が女の子を育てられるはずがないって。
子供の頃は、従妹のお姉ちゃんばかりに囲まれて育ったから、女の子の遊びはよくしてました。
それでも決して女の子っぽくなるわけじゃなく、逆に男の子としての責任を背負うことになっていたので、弟が出来て、男子の友達が増えた時には、彼らを率いるガキ大将になりました。
そんな僕が(女の子を育てるなんてことは、全く考えずに生きてたんだ)って気付いたのが、あの産婦人科医の宣告の時だった訳です。
女の子をどう扱えばいいかイメージ出来ないんですよね。
どうやって体を洗ってあげるの? おむつ替えの時も。自分の子でも、その裸を毎日見るのでさえ恥ずかしい気がしました。
キャッチボールや虫取り、戦隊ヒーローじゃないでしょ。どうやって遊んでやればいいのか分かりません。
おままごとの延長でリカちゃん人形が正解なのか悩んだり、笑顔にしたいと思ってディズニープリンセスのドレスを着せてみたり、小学生なのに天然石のアクセサリーなんかを買って「まだ早い」と言われたり。
本当に苦労して、僕自身勉強しながらの子育てになりました。そんな娘ももう高校を卒業して、春から大学生です。18歳成人を経て、もう大人なんですよね。
昔を懐かしむと色々な思い出がよみがえり・・・って、こんな話、他人には面白くもなんともないでしょうけど、感慨深く思っちゃうんですよね。親ってのは。
そうしてるうちに、一つ思い出したことがあります。
ひな祭りです。
僕には全く経験のないイベントを、この子のためにしないといけなかったんです。
雛人形って、幼稚園の時に折り紙で作ったことがあるけど、それで済ませるなんてはずないでしょ。
何を準備すればいいものか悩みました。もちろん妻に任せればいい訳ですが、
「何言ってんの? 雛人形あるで」
「え? どこに」
「実家に」
そうか、妻も子供の頃ひな祭りをしてもらってるから、その時のお雛さんが残ってるってことだ。
その雛人形のセットは、代々受け継いだものだそうで、かなり古臭いものでした。
妻のルーツは富山県にあって、まあまあな豪商だったそうです。
曾祖父が京都のお嬢さんと結婚して京都に移り住み、女の子(祖母、妻のおばあちゃん)が生まれた時に、富山の本家から贈られた雛人形なんだそうです。
それって結構値打ちものだったと思いますよ。
大きな木枠に赤い毛氈、古ぼけた本絹の衣装をまとった日本人形のようなフィギュアが何体もあって、その他の調度品のミニュチュアも漆塗り、使われてる和紙は所どころ虫食いでしたけど、金屏風の輝きは本物の金箔でしょう。
でも100年近く前の代物ですから、やはり多少の傷みは仕方ないです。色は褪せて桃の花も茶色いですし。
それを長女だった妻が受け継いで、今度は娘に受け渡すって話です。
初めて家でひな祭りをした時、僕は何個もある厚紙の箱(段ボール箱じゃなく、和紙を貼った古い箱)を開けて、各パーツを並べていきました。
取扱説明書なんかないので、時間をかけて組立てて人形を並べるんですが、順番が全然分からない。
それを妻は、ひょいひょいと並べます。これで合ってるのかどうか知りませんが、妻の記憶に頼るしかありません。
やがて、マンションの和室の半分くらいを占める、豪華七段飾りが完成。
これで「さあ、ひな祭りを開催しましょう!」ってなるもんですか?
正直、僕はこの後、何をするのか分かりませんでした。
本当に経験が無かったので、何も知らなかったんです。
部屋に飾ってみたものの、次のアクションプランは考えていませんでした。
雛あられとか菱餅とか、言われれば「ああ~、そうかあ~」ってくらいです。
それらを連想した時に、緑、白、ピンクくらいは思い付きます。
「その色に、どんな意味があると思う?」と、妻が試しに聞いてきますが、僕はその色について考えたこと無かったです。
「ピンクは桃の花、白は雪、緑は若葉?」って僕は答えました。
「それもそうやろけど、緑は健康、白は清らかさ、ピンクは魔よけの意味があるんやで」
「ほ~、そんなことまで知ってるんか」
じゃ、お花見の三色団子もそうなんだろうか?
お雛さんって普通、3月3日までに飾って、すぐに仕舞うイメージでしたけど、妻の家系では桃の花が咲く頃に出して、桜の花に変わる時期まで出しっぱなしだって言うんです。
今は遠縁になった本家の地域柄なのか、その家系だけのものなのか知りませんが、僕は初めて聞いて驚きました。旧暦に合わせて4月まで出しておくって言うんですもの。それって普通でしょうか?
それ以来、今の家に引っ越してからも、娘が小学校の途中まで毎年七段飾りを出しましたが、最近の10年くらいは、借りたトランクルームに他の荷物と一緒に仕舞ったままでした。
「あれ、また出してみないか?」
「もう大人やのに?」
「成人しても高校生やし、これを最後の記念に」
ひな祭りの日の直前に思い付いて、急いで荷物を家に持ってきました。
日本の古い風習で、今時じゃないですし、大げさなものだとも思いますけど、家にこれがあって良かったと思います。
もしなかったら、僕はひな祭りについて何も知らないままだったでしょうし、娘の成長を毎年感謝する機会もなかったのかも。
家の和室にも荷物が増えて、場所の確保が大変でしたが、何とかそこにセットアップ完了。
ちょっと見ないうちに、更に古ぼけた感じがしました。(トランクルームの管理状態が悪すぎたのかもね)
出しただけで、特に何をするでもないですが、大学の入学式が終わるまで、そこに飾っておくつもりです。
一応、ひな祭りケーキを買って来て、雰囲気だけは楽しんでおきましたよ。
これを次に出す時は、孫娘が生まれた時なんですよね。
そしてやっぱり僕は、それに向かって正座、そして手を合わせました。
(娘が大人になるまで見守ってくれて、ありがとうございました)
つづく
作品名:成人のひな祭り(続・おしゃべりさんのひとり言135) 作家名:亨利(ヘンリー)