咄嗟のウソ(続・おしゃべりさんのひとり言132)
咄嗟のウソ
軽いウソが咄嗟に出ることってありますよね。
前回の、買ったばかりの妻の車で、僕が追突被害に遭ったひとり言。
その時の様子をもう少しおしゃべりします。
雪の積もった中学校の前の道路。
ドン!って結構大きな音がしました。
バックミラーを見ると、僕の車追突されてる!
このBMW X6は、車重が2.4tもある大型SUVなので、1tくらいの乗用車がぶつかってもほとんど揺れないくらい、軽く当たったようだ。
辺りは雪が強く降っています。(今から相手と話して、警察呼んで、それからそれから・・・面倒くさいし、もうこのまま無かったことにしようかな)でもこれは妻の車。しかも買ったばかり。
まず、後ろの車の運転手さんに、「大丈夫ですか? ケガはないですか?」と穏やかに声を掛けると、相手は「うん」と頷きました。30歳くらいの男性です。
そうして、自分の車の破損箇所を確認したんですが、後部バンパーの右角に微かな擦りキズと、凹んで元に戻ったような歪み、マフラーカッターに汚れたように擦り跡が付着している程度でした。
(これくらい、いいんだけど。もう許してあげようかな)
そして運転手さんを振り返ると、まだ車内に居られます。
(なんだこの人、降りる気がないのか?)
その彼はこっちを見ていますが、じっとしたままです。
(この人、パニックに陥ってるようには見えないけどな)どうやら事故を起こした事実が受け入れられていない様子。
仕方なく僕はもう一度運転席に近付いて、「警察呼びますね」と言うと、また「うん」と頷かれます。
スマホを出して110番にかけると「事故ですか? 事件ですか?」
僕はその質問に答えながら、状況を伝えました。
大事故ではないので、足を止めて野次馬が集まるようなことは無かったですが、登校中の生徒がいる中学校の正門前ですので、僕は出来るだけ笑顔を保ちました。
そして電話を切ると、もう一度、加害者に近寄り、「すぐに来てくれるそうです。そこの角を曲がったところで待機しましょう」と伝えて、暖かい自分の車に戻りました。
その間、加害者は車を降りて来ませんでしたので、(やはり、やっかいな相手かな?)と感じました。後々のことを考えれば、(警察に届けた方がいい)と判断して正解だったと思う。
僕が車内に戻って一番にすることは、妻への連絡。
「もしもし、ごめん。事故った」
「へ!? どこで? 大丈夫? どんな事故? ケガした?」
「ううん。ホンマに軽~く。オカマ掘られただけ、東中(学校)の校門の真正面で」
「車は?」
「ちょっとキズ付いてるわ。ごめんな」
「そんなんいいけど、相手の保険は入ってはるん?」
「まだ聞いてへん。警察は呼んだし、今からうちの保険屋に電話する」
「電話番号分かる? たしか後ろの席に、車検証とかの冊子置きっぱなしやわ」
「・・・ああ、あった。保険証券も入ってる?」
「う~ん、ネットで申し込んだし、まだ証券は来てないわ。LINEで新しい保険の連絡先送るし」
そう言って妻との電話を切ると、僕は会社のLINEWORKS(ビジネス用LINE)に、[追突されたので、遅刻すると思います]と一言メッセージを入れました。するとババババっと返信が来ましたが、それら一つひとつに反応している暇はありません。
間もなく妻から、保険証券番号と保険会社のフリーダイヤルが、プライベートのLINEに着信した。僕はすぐにそのLINEのリンク先の番号にかけた。
(保険屋に連絡するの、これで何回目かな?)
今まで事故以外にも故障でロードサービス呼んでもらったり、何度かガス欠で困って連絡したこともあった。そうしたら10リットル無料でくれるんだ。
保険代払ってるんだから、何でも利用した方がいいって考え方なんだけど、もう10回以上お世話になってるな。
保険屋さんはものすごく丁寧な話し方で、双方にケガがないかってことを一番しつこく聞いてこられる。
でもこっちはまだ、何も確認できてないけど、そこを強調して聞くことがマニュアル化されてるんだろうな。
これは相手が悪いのは明白だから、取り敢えず事故の第一報を入れてるだけなんだけど、なかなか事故の状況まで説明させてくれないもんなんだね。
「警察を呼びましたか?」「相手は任意保険に加入されていましたか?」「車は自走出来ますか?」「車体以外に携行品などに被害はありませんか?」こんなことを聞かれる。
僕は何も焦ってないので、笑いながらまるで世間話でもしてるみたいに説明していると、降りしきる雪の中、パトカーが意外に早くやって来た。
「あの、警察が到着したので・・・」
「はい、そうですか。ではこれまでの内容を記録しておきますので、一旦落ち着いたら、またご連絡ください」と言われて、電話は切った。
「こちらが被害車両? ケガはないですか? 後ろが加害者ですか? もう話しされました?」
「はい。はい。はい。まだ何も話してません」
お巡りさんは後ろの加害車両に向かわれた。するともう一人同僚のお巡りさんが来て、
「免許証と車検証と自賠責の証明書を見せてもらえますか?」
「は~い」僕は既に準備していた。(いつの間にか、事故処理にも慣れてしまっているな)
僕がそれらを渡すと、
「このまま車内でお待ちください」そう言われてパトカーに戻られました。
(事故の状況は聞かないんだな・・・?)110番したのは僕なのに、置き去りにされたような不安を感じた。
次に後ろの加害車両に行ったお巡りさんが戻ってきて、やっと段取りが僕に回って来たようです。
「事故は追突で間違いないですか?」
「ええ、そうです」
「その時、急ブレーキで止まりましたか?」
「・・・いいえ。前の車が停止してたんで、ゆっくり止まりましたよ」
どうやら加害車両の運転手は、僕が「急ブレーキをかけたから、ぶつかった」と咄嗟にウソを言ってるようです。
「動いてる時にぶつかったんではないですか?」
「いいえ、停止して10秒くらい、前の車が動き出すのを待ってましたよ」と、僕は慌てて説明しました。
でも冷静に相手の立場で考えたら、こんな大きなBMWにぶつけたと思ったら、責任逃れしたくなる気持ちも分かります。
こんな時のために、ドラレコって言うものがあるんですよね。前方も後方も写せるのを僕は持っています。
(・・・あ、しまった)ドラレコ、まだ付けてませんでした。これの前に乗ってた車に付けていたのを、自分で移植しようと取り外したものの、延長ケーブルや接続端子が足りなくて、ネット購入してる最中でした。
と言う事は、相手のウソを証明できるものがありません。周りには中学生がいっぱいいるので、事故の状況を見ていた生徒も多いでしょう。でも彼らに証人になってもらう訳にはいかないですよね。さすがに。
(ちょっと待てよ。ここ校門前だな。監視カメラないかな?)
僕は車を降りて校門の方を確認したところ、都合よくありました。校舎の軒先に、前面道路に向けて取り付けてあります。その角度ならバッチリ写ってるはず。しかもその向かいの工場にもカメラがあって、その角度も良さそうでした。
作品名:咄嗟のウソ(続・おしゃべりさんのひとり言132) 作家名:亨利(ヘンリー)