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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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夢幻空花 三、 摂動する私

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と、哄笑するのだ。その嘲笑を含んだ哄笑が私の五蘊場中に反響してなんとも言ひ難い、さう、それはバリ島の民族音楽、ケチャにも似た恍惚の逆巻く鮮烈な合唱となっていつまでも五蘊場に鳴り響くのである。さうして益益高揚して行く私は、異形の吾が繰り出すIllusionにうっとりとしては異形の吾の思はせ振りの思ふ壺なのである。狐の化かし合ひにあったやうに半分は正気を失ってゐる私は、それでも尚、異形の吾の気配の後を何かに取り憑かれたやうについて行き、尚も私は吾を忘れたいが為に、それは底知れぬ私に対する絶望から来るのであったが、現実逃避したいが為に阿片中毒になったものが、阿片に群がるやうに、将又、異形の吾が振り撒く綿菓子のやうな蜜の虜となって別の言ひ方をすれば、蟻地獄に落っこちた蟻の如くに最後は生き血を異形の吾に吸はれて骸になるのを重重承知しながらも、そのたまゆらの永劫の状態に没入することは已め難いのであった。
 ゆらりゆらりと揺れ動く私は、摑み所のないまるで幽霊の如くに魂を抜かれた生きる屍の如くに大地に佇立してゐるのかも知れぬ。多分、異形の吾を追ってゐる時の私は顔面蒼白にも拘はらず、ニヤニヤと不気味な笑ひを顔に浮かべ、それでゐて、高揚のあまり、汗びっしょりで目だけは眼窩の奥でギラギラと輝く、変質者と何ら変はりがない状態で、一遍上人の念仏踊りではないが、
――私は、私は。
と、ぶつぶつと呟きながら身をくねらせては、時折絶叫する異常者に成り下がってゐた筈である。然し乍ら、当の私はそれで善しと心の何処かで思ってゐて、恍惚状態に漸近して行く私は惑溺するのであった。何に惑溺するのかといふと、己に惑溺するのである。つまり、異形の吾を追ってゐるといふのは己に惑溺したいが為の私がでっち上げた口実にして邯鄲の夢の道具に過ぎず、私は異形の吾と五蘊場に棲むそれを名指すことで私の意識を私から分離し、距離を生じさせて、私の固有時とは別の時間が流れる異形の吾に翻弄されることで、私は上手い具合に私が恍惚状態に惑溺できる端緒を見つけてしまったのである。さうすると、それはMasturbation(マスターベーション)よろしく、高まる絶頂の時の射精で感情が一山越えるのにも似て、私の感情は必死に意識について行かうとしながら、ある時意識を追ひ越し、感情が意識に先立つ恍惚状態の中で、意識は溶解するその言葉も追ひつけぬ高まった絶頂の、それを名付ければ此の世に人型として存在する振動子と化したかのやうな搏動の揺らめきの中に没入する悪しき耽溺に違ひなかったのである。
 何時も物憂げな私の魂は絶えず興奮を欣求してゐて、さうして日一日と生き延びる糧にしてゐたのである。ところが、一度異形の吾と名付けてしまったそれは、私が自身に惑溺するのを決して許さなかったのであった。異形の吾は手を変へ品を変へてまだ、私を誘惑するのであった。異形の吾は相変はらずその正体を明かさなかったが、それでも異形の吾が繰り出す表象の数数は、Aurora(オーロラ)を見るかのやうな此の世のものとは思へぬIllusionに私を巻き込みながら、私をそれまで経験したことがない世界へと連れ出すのである。私は私で、それが異形の吾の罠と知りつつも、例へば大渦に巻き込まれることが恐怖であることの裏返しに、それは心躍らせる興奮の坩堝であることといふやうなことを期待して、私は敢へて異形の吾の罠に飛び込むのだ。仮令、それが相当な幻滅を齎さうともである。異形の吾のIllusionは何時も最後は幻滅に終はるのであるが、私はそれで善しとして、異形の吾の諸行を何時も許してゐたのであった。何せ、私がすることなど高が知れてゐる。況して異形の吾のすることなど尚更高が知れてゐる。それでも私が異形の吾を追ふのは、異形の吾が限界を超えて何かをするその瞬間が見たいが為である。その瞬間こそが真のたまゆらの永劫へと続く扉を開けることであり、私は、異形の吾と名付けた私に対して過剰なまでの期待値を、確率が一にはならずとも一の近傍を標榜するその期待値を託してゐたのであった。