小説 祇園精舎の鐘の声 一
もの皆よくよく見れば、一つとして同じものがない。それと同じやうに頭蓋内に棲む異形の吾は倉井大輔が異形と呼んでゐるやうに内部の吾も一つとして同じものがないのが当然のことであった。しかし、それが倉井大輔には苦悩でしかなかったのである。何故、私と内部の吾はかうも互ひに反目し合ふのか。それに対して常人であれば、巧い具合に青年の間に折り合ひをつけて、内部の吾を飼ひ慣らし、猛獣使ひではないが、どんなに内部の吾が暴れやうが涼しい顔をして内部の吾は主人の私の一言で、尻尾を嬉しさうに振る仔犬のやうに馴致されてゐるものであった。ところが、倉井大輔は内部の異形の吾に共振してしまって、奇妙なことに私を異形の吾どもと一緒に総攻撃を仕掛けるのである。それは凄惨なことであった。
作品名:小説 祇園精舎の鐘の声 一 作家名:積 緋露雪