『Birld(バールド)』 第一羽「ツル」
男:(ある冬の日、散歩をしていたら罠に掛かっている鶴を見つけた。可哀想に鳴いていたから、罠を外してやった。)
0:ツルの鳴き声
男:(その日の夜、誰かが家の戸を叩いた)
ツル:ごめんください、開けてもらえないでしょうか
男:ん?はいはい、どちら様ですか?
0:男、戸を開ける。ガラガラッ
男:うおっ!?
男:(そこには)
ツル:あ、どうも、ありがとうございます
男:えぇ!?
ツル:な、なんですか?
男:鶴だ…!
ツル:?…そう、ですけど
男:しゃ、喋ってる…!
0:ツル、羽を少しバタつかせる。バサバサッ
ツル:それが何か?
男:(鶴が、立っていた)
0:BGMイン
ツル:すいません、とりあえず入っていいですか?もう寒くて寒くて
男:え、あ、はい。え、いける!?結構狭いよ!?
ツル:いけますいけます
0:ツル、狭い玄関に対し羽を動かしながら進んでいく。バサバサッ
男:うっわ、羽めっちゃ落ちるし
ツル:ふぅ。あ、すいません、開けてもらっていいですか?
男:もう入ってるじゃないですか
ツル:じゃなくて、チャックを
男:…チャック?
ツル:ん?あっ、ファスナー?
男:…え?
ツル:いや、チャックが噛んじゃって、しかもこの手じゃ上手く摘(つま)めないから開けられなくて
男:ど、どこ?
ツル:クチバシの下にあるじゃないですか、ほら
男:…うわっ、本当だ
ツル:じゃ、お願いします
男:い、意外と、硬い
ツル:痛い痛い痛い、一回ちょっと上にあげて
男:んっ…おっ、いった
0:チャックが降ろされる音+鶴から人の姿になる音
ツル:ぷはあぁぁあ…
男:お、女の子になった…
ツル:ふぅ、ありがとうございます、助かりましたぁ
男:いえいえ、そんな…じゃなくて!
ツル:え?
男:なんというかその…見られて大丈夫なんですか!?
ツル:だってあなたしか居ないじゃないですか
男:いやまあそうだけど…
ツル:それに
男:ちょっと待って、こっちの頭の整理が追いついてない
ツル:まだ見たことなかったですか?
男:いやなんか昔話とか絵本でそういうのは見たことあるけど…実在するとは思ってないし…
ツル:最近引っ越してきたばっかですもんね
男:え、あ、そう…ですね、2ヶ月くらい前に。あれ、なんで引っ越したことを
ツル:まあまあ
男:てかすいません、ちょっと一旦整理してもいいですか?
ツル:どうぞ?
男:えーっと…その、パーカー?それで、ツルになれるんですか?
ツル:そですよ。まずフード被って、
男:そんな躊躇いなく
ツル:んで〜チャックを上まで引き上げたら
男:あ、顔まで全部隠れるタイプのやつなんだ
0:SEヴァサッ!
男:うわっ!
ツル:ツルになれます。
男:なんで!?
ツル:な、なにが?
男:ツルになるのも変だけど、なんというか、完璧にツルになり過ぎてないですか?
ツル:完璧に、とは?
男:いやなんというか、骨格とか、あと羽も生えてるし!
ツル:なんでなんでしょうね。昔はウバメドリとかコカクチョウとかって妖怪呼ばわりされてましたけど
男:はぁ
ツル:でも最高ですよ?どんな嫌な言葉も暴力も、高く飛んじゃえばあいつら届かないんで笑
男:いろいろ、あったんですね
ツル:昔の話です。3000年くらい前だったかな
男:え!いくつなんですか!?
ツル:もう400歳近いですね
男:ど、どうなってるんですか…?
ツル:さぁ、「鶴は千年」って言われてるみたいですし、あと500年は生きるんじゃないんですか?
男:な、なにがなにやら…
ツル:初見はみんなそうなります。
男:あの、もしかして…そのパーカー、僕も着たら鳥になれますか…?
ツル:無理ですね
男:で、ですよね…
ツル:生地に私の模様がついちゃってるんで
男:模様?
ツル:新品のものを一度羽織ると、その人のことを認識しちゃうみたいで、その人が鳥になった時の模様がついちゃうんです。私はほら、タンチョウだからフードのてっぺんが赤くなってる。あと袖も黒い。
男:ほんとだ。
ツル:だからその人以外が羽織ってチャックを上げても鳥になれないんですよ
男:なるほど…そう上手くはいかないですよね…
ツル:飛びたいんですか?
男:そりゃあ、まあ…。さっきのスケールの大きい話をされた後で言うのも恥ずかしいんですけど…仕事とか、人間関係が嫌になっちゃって、一人になりたくて誰も知らないであろうこの村に来たんですよね。だからさっきの高く飛んだら〜って話聞いちゃったら、僕だって夢見ちゃいますよ。
ツル:飛べますよ?
男:…え?
ツル:新品のものさえ羽織れば、誰でも鳥になれますよ
男:そ、それはどこで手に入るんですか!?
ツル:私の羽で織った生地を頭の先まで纏(まと)えば、誰でも鳥になれます。パーカーは私じゃ作れないですけど
男:ほ、ほんとに、誰でも鳥になれるんですか?
ツル:現に見てるじゃないですか
男:いや、あなただけかな、と
ツル:え?
男:え?
ツル:ん?…あそっか
男:え?
ツル:いや、もうこの村であなただけですよ?
男:…え?
ツル:鳥になれないのは
男:…えええええ!?!?!?
ツル:歩く、走る、泳ぐ、崖をのぼる、道具を使う、言葉を話す、なんでも出来ると思われた人間が唯一単身で行えない「空を飛ぶ」ということ。それが可能になったこの景色、最高に気持ち良いですよ。
男:だから村のみんなパーカー着てたのかぁ…
0:BGMイン
ツル:ようこそ、「Birld(バールド)」へ
0:おしまい
作品名:『Birld(バールド)』 第一羽「ツル」 作家名:平塚 毅