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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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うどん屋の頑固親父の手打ちそば(続・ひとり言124)

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そしてここから、この親父の拘りが口を衝いて出て来るのだ。
「そばはな、気難しいでぇ。毎日同じようには、なかなか打ち上らへん」
 「日によってな、湿気がちゃうやろ。粉がサラサラしてる時もあるし、パサパサしてる日もあるさかい、水の量を加減しなあかんねん」
  「いや、水の量と言うより、加えるタイミングやな。全体にバァーって撒く時と、チョロチョロ加える時で、そばの艶が違うねん」
   「せやさかい、粉を広げてスプレーで均等にかけて、よう水吸わしてから練るんや。ほなうまいこといきよってな」
    「うどんやったら、そこまで気にせんでも、大体は同じように仕上がるもんや。主婦が家で打ってもできるわ」
     「でもそばは違うでぇ。俺は十割に拘ってるさかい、小麦粉は混ぜてへんのや」
      「その分、生地を寝かす時間は長めにするんや。そしたらツルツルに茹で上がるねん」
そんな話をそばを茹で、天ぷらも揚げながら話してくれる。その姿は、胸を張って堂々としていらっしゃる。
正直、こんな小さなうどん屋で、手打ちのうどんなんて無いだろうと想像はしていたけど、そこで手打ちそばを始めたって言っても、せいぜい小麦粉を2割加えた『二八そば』くらいが関の山だと思ってたのに、『十割そば』を提供してるなんて、今の今まで全くの予想外だった。これは期待できる。
「親父さん、そば粉はどこの使ってんの?」
「福井や。俺の出身地やし」
「越前そばの粉、仕入れてるんですか?」
「そや。今庄のそばやで」
今庄という地域がそばの名産地だという事を、この日初めて知ったけど、山間部のわずかな土地で、その気候を利用して上質なそばが採れるんだと。そこの出身者に取っちゃ、かなりの拘りがあるんだろうな。

やがて、そばが茹で上がり、冷水にくぐらせる様子を見ていたが、
(あれ?)と違和感。
普通、そばを茹で上げると、菜箸や竹のざるのような道具でそばを湯から取り出す光景を見て来たけど、この親父はうどんで使ってる湯切りカゴのまま茹でて、そのカゴごと水に浸けたのだ。
(確かにこの方が効率的だな)うどん屋ならではの手順に感じた。
粉を練る時にスプレーを使うのも、本当は反則のような気がするけど、色々研究されてるようだ。
そして冷ましてる間に天ぷらも掬い取り、皿に三尾盛られた。そして食卓塩の小瓶から塩を少し皿の隅に出し、まずそのエビ天がカウンターに出された。
「旨そう」
「天つゆは、そばつゆつ使こうてくれ」
そう言って、そば猪口に冷蔵庫で冷やされたそばつゆを注いで出してくれた。
僕は割り箸を割りながら、「いただきます」
揚げたてを塩にちょんちょん付けて、すぐに口に運んだ。(旨い!)ビールが飲みたくなる。
そしてそばはすぐ、ざるの上に盛られて出された。
(キター!)間髪入れず、箸を伸ばそうとすると、
「おっと待った。そばも先ずは塩で味見してみ」
なるほど。そばの風味を一番感じる食べ方だって言うしね。
僕はエビ天の皿の塩を一つまみ。その食卓塩をそばにかけてみた。(塩に拘ってないところは残念)
そして箸で一本だけそばをつまみ、口に運んでよく噛んで味わってみる。
(ん? よく分からん)
正直僕はいつも、(塩で食べたらどうなの?)って気がしてしまう。単に塩味のそばになるだけだし、むしろ水道水の味を直に感じてしまうのだが。
「どや?」
「ああ、うまいです(と言う実感はないです。実のところ)」(汗)
「せやろ、今庄のそばは風味が違うさかいな」
「新そばの時期なら尚更ですよね」
「そうやねん。もうすぐ11月頃から新そば仕入れるつもりや」
僕はもう一口、塩のかかったそばを口に運んだ。
「どうや。太さも2ミリに揃えとんのや」
「へえ、結構太めで、田舎そばみたいですね」
「十割そばやしな。はっはっは、ホンマはな、まだ細ぉう切るん慣れとらんさかい、ゆっくり慎重に切ってるんや」
(ははは、なんやねん、それ!www)「均等に切る道具とか使わないんですか?」
「そら、100人前打つんやったら欲しいな」
「でも、100人前打つようになったら、切るのも慣れて必要ないかもしれませんよww」
「そうやな。そうなるまでやったるで! はははは」
(いや、あんたうどん屋でしょ。まず、うどんを100人前打ちなさいよ)

そしてついにそばをつゆに浸けようとすると、親父が慌てて、
「お、待った。ネギ」と言って、そば猪口に刻みネギを少々、トングで摘まんで放り込んできた。僕は普段、そばにネギを入れないけど、この店ではざるうどんを出す時にも、麺つゆに最初からネギを入れて提供してるようだ。
その中に箸で掴んだそばを浸した。
その瞬間、そばがちぎれてそば猪口の中に落ちた。でも箸で掴んでる部分がまだあるんで、それを口に入れてすすると、ブチブチブチって砕けるように飛び散った。
(なんだこれ?)
ちょっと気まずく、次の一掴みは慎重につゆに浸けて丁寧にすすった。今度は零さずに口に収まった。
僕は一応、「うんうん」と言って頷いておいた。
「やっぱり十割は違うやろ」
「そうやね。舌触りもしっかりしてますわ」

親父さんは満足げに笑っていましたが、僕は(ダメだ!)と言いたかった。
恐らくそばつゆも、ざるうどんと同じ麺つゆなんだろう。これも合ってない。
つなぎに小麦粉を使わないという事は、そば粉だけで麺の形状を持たさなくてはならないってことだから、麺のコシが重要になってくるはず。
そこがうまく打てていないと、この麺のようにブチブチ切れてしまうんだ。
よく見ると、ざるの上に細かくちぎれたそばも載ってる。
これじゃ、菜箸で湯から取り出せないだろう。だから湯切りカゴ使ってるのかな。
しかもその釜でうどんも茹でとる訳だし、そば湯は楽しめないな。
(見よう見まねで打ったそばを、うどん屋の作法で提供しているからこのレベルなのか)って理解した。
(うどんとそば、似ているようで全く違うように扱わないといけないんだろうな)って察したけど、この親父さんはそれに気付けてないのか。はたまた、本当にこの打ち上りでいいと思っているのだろうか?
「自分には拘りがある」=「自分が気に入ってる」ってことだったんだろうな。

僕が食べてる間は、親父は静かだった。じっくり味わって食べてると思ってるようだが、僕はもう早く退店することしか考えていなかった。
お会計時に親父さんは、
「製麺所のそばはな、あんなんそばちゃうさかいにな、本モン食いたなったら、また来てや」
その日以降、ベスの散歩は反対方向に行くようにしました。


     つづく